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生活の中の観音様

本ブログは個人的な趣味趣向で続けております。私の現在考えていることや体験したことを踏まえて記事を書いておりますが、こちらで発信したことを受け止めて、反応してくださる方が居られます。
昨年から私は観音霊場巡りを続け、本ブログでも何度もご紹介してきました。その記事や他の多くの方のお話を聞いて西国霊場を巡られたご婦人が居られます。ご令妹様が西国霊場巡りを発願されたそうですが、昨年の節分に幽明境を異にすることとなってしまったそうです。ご令妹様の御遺志を継いで、そのご婦人が満願されたとのことです。そして、先日のご令妹様の一周忌に合わせて額装した観音様をお迎えされたそうです。
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この額は仏間の近くの壁に掛けておられるとのことです。落ち着いて眺めると、御二人が力を合わせて満願された観音様を日々拝することができるのは実に素晴らしいことだなぁ、と感じます。私は額装というと、欄間に掛ける横額しか頭になかったのですが、小さなサイズの納経軸をこのように額装し、毎日拝するのが本来的には良いことなのかもしれません。生活の中に観音様を感じるのは、今日出会った見知らぬ人が観音様や故人の変身した姿かもしれないと思える良いことなのだと、改めて感じました。
弊社の扱う念珠という商品は人の心に寄り添う御品です。「お金が儲かりますように」や「試験に合格しますように」というこの世の自己への御願い事も勿論尊ぶべきものだと私は考えますし、私もよくお願いします。ただ、「故人が極楽へ往生できますように」と願う先祖供養の念や、「家族の皆が健康でありますように」と他人の平安を願う念こそが「祈る」という行為の始まりであり、そういった気持ちを是非とも大切にして参らねばならないなぁ、と感じました。そういう意味で、今回ご紹介したご婦人の行脚は弊社が大切にせねばならない念を教えて下さった真に尊ぶべき行為と思いました。

十三の仏様

弊社には毎日の朝礼の際に、当番の者が1分間のスピーチをする習慣があります。ここ数年で始まったものですが、2か月程度で全員が一巡するので、それぞれの興味、関心を知る上でも非常に参考になる営為だと思っています。
数日前の朝の1分間スピーチで、親戚が亡くなったために、初七日や四十九日の法要を経験し、四十九日の意味についての報告がありました。宗派によって考え方の若干違う点もありますが、主として故人が生前の裁きを受ける期間だと言われています。
この裁判官の役目を果たす仏様が 十三仏として信仰されています。私は昨年、 京都十三仏霊場を巡って掛軸にしました。
十三佛
最下部には、我が家の菩提寺とその総本山である誓願寺様の御朱印を頂き、合計で15カ寺を巡りました。本年に回忌が巡って来るご先祖さんが居られることもあり霊場巡りを発願したのですが、それぞれの仏様が回忌に併せて死者の霊に裁きを下すというのは、聞く限りその裁判の場にいつか出ることを考えると結構ドキドキするものです。故人が少しでも裁きが軽くなるように、生きている者がお祈りするというのが考え方としてあるそうです。
色々な話を聞いていると、仏様の世界というのは救いの手がいろいろと差し伸べられているのだなぁ、と感心することが多くあります。
今週は弊社の日常の一時から想起したお話をさせていただきました。

雪の明王堂

確たる理由は分かりませんが、弊社には不動明王さまが居られます。像ではなく掛軸ですが、少なくとも半世紀以上の間はお祀りしております。
今回、ご縁があって弊社でお祀りしている不動明王さまを無動寺谷の明王堂で大阿闍梨様に拝んで頂けることになりました。大変に光栄なことです。初不動(1年最初の不動明王様の御縁日)の1月28日は月曜日の為に都合がつかなかったので、前日の1月27日に無動寺谷の明王堂に参拝いたしました。
当日は雪が積もり、参道を歩くのも一苦労でした。ただ、参道は早朝から大阿闍梨様はじめ、明王堂の方々が雪掻きをして下さっておりましたので、難無く明王堂に到着することができました。
【雪の明王堂】
明王堂
【明王堂から琵琶湖を臨む】
明王堂から琵琶湖
夏に参拝した際と比較すると表情が違いますね。この寒い中、いつもと変わらず大勢の参拝者の方々が居られ、私もお護摩に参じました。
お護摩に参じると、いつも目には見えない極めて凄まじい「力(パワー)」、「気」を感じます。何と表現して良いのか分かりませんが、堂内の空気が強く鼓動するような感を覚えます。こうした力強いパワーを頂戴して一生懸命に頑張っていきたいと感じる参拝でした。

目黒不動参拝

物の見え方というのは感情に左右されてしまうと感じています。昨年、西国巡礼の最中で舞鶴の松尾寺を参拝した際に、馬頭観音様を初めて拝して、凄まじい衝撃を受けました。観音様と言えば大変に優しい表情をされているイメージが強く、「慈母観音」に代表されるように微笑んでいる表情が多く見られます。それに対し、馬頭観音様は忿怒の表情で、「観音様にもいろんな表情があるなぁ。」と感じたのを覚えています。
馬頭観音様を拝してから、不動明王様に対する見方が変わりました。不動明王様に対して、私はどちらかと言えば怖い印象を持っていましたが、忿怒の表情というのは「魔を退散させ、煩悩や悪縁を断ち切る」ためなのだと知って、「怖い」という感情から「ありがたい」と思うようになりました。


さてさて、先立って東京に赴いた際に、少し時間があったので目黒不動にお参りしました。
目黒不動
正式には「泰叡山瀧泉寺(たいえいさんりゅうせんじ)」と言います。地名になっていることからもお分かりの通り、巨大な堂宇を誇る大寺院です。
最近の私の関心は、目黒不動を含めた五色不動(目白・目黒・目赤・目青・目黄)の配置、そして寛永寺と輪王寺、江戸城を含めた配置がどういった思想に基づいていたのか、というものです。恐らく易学や陰陽五行思想に関連しているとは予想できますが、江戸から「魔を退散させる」という徳川家康の思いが込められているように感じています。
不動明王様は、何か願い事を叶えてくれるというよりも「無魔に(難無く)過ごせる」ように護って下さる仏様なのだと目黒不動をお参りして感じました。雑感ですが、今週はこんなところです。

時を経た教え

関西に住んでいる方々にとっては、昨年6月の大阪府北部地震が記憶に新しいかと思います。その関西では阪神大震災がやはり極めて大きな衝撃を持って未だに語られています。
1995年1月17日が阪神大震災発生の日ですが、その前日の1995年1月16日に1人の高僧が旅立っておられました。相国寺の管長様であらせられた止止庵 梶谷宗忍老大師様です。(詳しくはこちらをご覧ください。)
個人的には2回ほどお目に掛かったことがありました。当時は幼児だった私でさえ「細い御方だ」と思ったと同時に、優しく接して頂きながらも全てを見透かされているような、強烈な印象を受けたのを覚えています。そして遷化された翌朝が阪神大震災、幼いながらも私の記憶に極めて強く刻まれている老大師様です。
今週、その止止庵老師様の二十五回忌法要がありました。
【止止庵老師様揮毫の「無」】
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大学生になってから、弊社とのご縁だけでなく、私の所属していたサークルと止止庵老師様との間に極めて深いご縁があったことが分かりました。止止庵老師様は書籍を多く著しておられ、そういった書物を読んで勉強する機会にも恵まれています。
二十数年経ってから、「あぁ~、あの止止庵老師様がこう書かれていたのか。」と思えるのも、お目に掛かった私自身の経験があってこそだと思います。人との出逢いは、その時一瞬の出来事ではありますが、後々に大きな影響を与えるものなのだと、とても感じ入った一週間でした。

春は花

新年あけましておめでとうございます。本ブログ共々、安田念珠店を変わらずご愛顧ください。
さて、昨年末に弊社に有縁の方から、山形の啓翁桜(けいおうざくら)を頂戴いたしました。平成最後の天皇誕生日に頂戴した際には芽がついた状態でしたが、そこから年越しに向けての約1週間かけて、内助の功がありお正月に合わせて花が咲きました。
2019年頭桜
桜と言えば4月の入学シーズンを連想しますが、お正月に合わせて咲く桜も良いものです。弊社本店では入り口で桜が出迎えてくれます。本年は何か上手くいきそうだなという気持ちを抱いて新年を迎えることができました。
「目のお正月」を皆様に楽しんでいただきながら本年最初の投稿にしたいと思います。

観音様~出逢いに感謝~

カレンダーを新しくする時期です。いよいよ年の瀬となりました。
本年は私自身が歩いてもしくは車や電車に乗って、いろいろな所へ行った年でした。きっかけは本年4月末に観音霊場の納経軸を発見したことでした。
まずは京都に住んでいるのだからと、洛陽三十三所観音霊場を巡りました。そして、西国観音霊場を巡り終えた私は百観音を目指して現在巡礼を続けています。
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8月にご紹介した納経軸は仏様となって先日、我が家にお迎えしました。
観音様は三十三の御姿に変化(へんげ)して私たちの身近に御出で下さると言われていますが、本年は観音様を通じて沢山の方々との出逢いがありました。恐らく私の人生の中で最も多くの方々と出逢い、お話しできた一年だったのではないかと思います。人と出逢い、話をすることで自分自身を見つめ直し、智慧を得ることができるのだと感じました。
本年も気の赴くままに綴ってきましたが、お付き合いいただいた皆様方に感謝しつつ、本年は筆を擱くことといたします。
よいお年をお迎えください。

「苦しみ」こそ光り輝いている

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毎年のことですが、どうも私は年末になると気が重くなります。何であっても「終わり」に近づくと寂しい気がするのです。
私は同世代の人々に比べると失敗が多かったと思います。人生の進路に関しても、あっちに行ったりこっちに行ったりすることが多くありました。生来の楽天家なので「何とかなるさ。」と思っているのですが、そういった性格でも落ち込むことは数多くありました。


今から4年前、2014年(平成26年)11月でした。初めて一人で老大師さまに相見することになりました。お話が終わってから「頑張りなさい。」と添えて下さり、お言葉を賜りました。
「古人曰 刻苦光明必盛大也」(こじんいわく こっくこうみょうかならずせいだいなり)
禅語集など解説本を読んで、出典や字義などを調べました。その時は「頑張れば花開く日が来るんだな。」程度に思っていました。
それから4年、私自身にはいろいろなことがありました。呑気に過ごしているようですが、それなりに「苦しい」と思うこともありました。
先日、その言葉の意味が何となく分かったような気がしました。「苦しみは将来の幸せのための準備だ」と思っていましたが、「苦しみを感じることこそ生きている幸せを感じることなのだ」なのだと。
「生老病死」という四つの苦しみがありますが、いやいや「生きていることは幸せ」なのだと思いました。苦しみを感じる、それこそ生きている証拠、生きていることは何て幸せなんだろうか。そういったことがこの言葉には込められているのではないだろうか、と思った次第です。
雑駁ですが、4年ほど経過して何となく意味を理解できるようになりました。いろいろな方々にいろいろなことを教えて頂くことは、生きていく上で大切なことだなと感じた1週間でした。

総持寺~包丁の道~

12月も半ばです。今週は一気に寒くなりました。
1週お休みしていましたが、今週から再開いたします。
石塔(総持寺)
私は阪急電車を頻繁に利用します。その沿線に「総持寺駅」という駅があります。幼い頃からお寺があることは認識していましたが、それ以上の認識はしていませんでした。西国巡礼を始めて、この「総持寺駅」が西国霊場の総持寺の最寄り駅だと分かりました。
【山門】
山門(総持寺)
【山門から本堂を】
山門から本堂を(総持寺)
さて、総持寺の起源は、藤原山蔭(ふじわらのやまかげ)という公家が助けた亀によって命を救われるという逸話で良く知られています。山蔭の父が亀を助けた日、山蔭が継母に川へ突き落されてしまいますが、その亀に乗って山蔭は帰って来る、というお話です。その日が18日、観音様の縁日だったので総持寺が建立されたと言われています。
【本堂全景】
本堂全景(総持寺)
藤原山蔭は大人になってから宮中で料理法の策定に関わったそうです。その中で包丁道を確立しました。魚(大抵の場合は鯛)を決まった所作に従って捌いていく儀式です。
【包丁塚】
包丁塚(総持寺)
包丁”道”というくらいですから、「礼に始まり礼に終わる」ものです。こうしていろいろなお寺をお参りし、色々な文化に触れると、日本の文化の意味づけが少しずつ分かってくるように思います。
華道は六角堂の如意輪観音さまへのお供えから始まったもの、茶道も神仏への献茶の為に確立されてきたもの、そして包丁道は天皇陛下への献上の為に確立されたものと考えることができます。
日本には「道」と付くものが沢山あります。ただ単に花を活ける、お茶を点てる、魚を捌くという行為だけではなく、そこに気持ち、心を込めなければならない、ということが「道」の根底にはあるのだと感じます。
【総持寺の御詠歌】
「おしなべて 老いも若きも 総持寺の 仏の誓ひ 頼まぬはなし」
御詠歌(総持寺)

善峯寺~要のお釈迦様~

早12月です。今年は秋が無く、夏からすぐに冬になった気がします。
寒さが厳しくなると、冷えて腰が痛くなる方も居られます。冷えは万病の基、お気を付けください。
昔からこうした腰痛や神経痛に悩まされた人が多くいました。そうした人々を癒したのも仏様でした。京都の西山の善峯寺が今回ご紹介するお寺です。
【山門】
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【本堂(観音堂)】
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山に建つ善峯寺は京都市内を一望できるポイントが各所にあります。
【鐘楼堂付近からの眺望】
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善峯寺は多くの親王が住職となった格式の高いお寺です。その寺域が広い、伽藍が立派であるなど、目を見張るところがありますが、西山からは京都と比叡山をまとめて見ることができます。どこかで変化が起きた場合や緊急時に天皇などが避難できるように整備されたのだろうと考えられます。昔から、京都の人々は何かが起きてもイエが存続するように離散しておいて、緊急時に備えていました。
【遊龍の松】
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善峯寺の見どころは「遊龍の松」でしょう。背丈は1mほどですが、とても大きく広がった松です。国の天然記念物に指定されています。恐らく人工的に作り上げられた形状なのでしょう。簡単に言うと「盆栽の大作」と言えると思います。
今回のお参りでは、観音堂よりも釈迦堂でのお勤めの方が何だか気持ちが良い気がしました。本堂は参拝者でにぎわっていましたが、少し登ったところにある釈迦堂は内陣でお参りができるにもかかわらず参拝者も少なく、仏様と近くでお参りすることができました。
【釈迦堂と西山】
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釈迦堂の裏では夏季(5月~10月)の第二日曜日に薬湯場が解放されます。昔から多くの参拝者が薬湯に浸かって腰痛や神経痛を癒していました。
【善峯寺の御詠歌】
「野をもすぎ 山路にむかふ 雨の空 善峯よりも 晴るる夕立」
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仏様に近いお参りをすると、薬湯に浸かったような何とも言えない気持ち良さを感じます。御詠歌にもあるように、雨が上がって観音様が良い方向にお導き下さるような気がします。普段の喧騒を少し離れて、心を洗う所業も大切だと思うお参りでした。