10月 | 2017 | 春は花

安田念珠店 オフィシャルサイト

春は花

念珠の形(真言宗・その1)

前回までは天台宗について概観しておりましたが、今回からは真言宗についてです。
前々回ご紹介した鎌倉新仏教の開祖様たちが比叡山で修行をされた点、疑問を持たれた方も多いかもしれません。というのは、天台宗だけではなく真言宗で修行をしていた僧侶の中で新たな宗派を開いた方は居られなかったのか、という点です。
真言宗の教えの重要なものの1つに「即身成仏(そくしんじょうぶつ)」という考え方があります。簡単に言えば「生きた人間が行をすることで悟りをひらいて仏になること」という意味です。このために、全身のすべての感覚を用いて師匠から弟子に教えが伝えられていきます。全身すべての感覚ですから、言葉(口・耳)だけでなく行動(視覚)や手を握るなどの触覚、そして臭覚などありとあらゆる感覚を使って教えが伝えられます。ここから分かるのは、天台宗の系統に属する宗派は行(体を使った修行)と仏典解釈(頭を使った修行)を融合している一方で、真言宗の系統に属する宗派は仏様(大日如来)と一体となることを目的として行(体を使った修行)がその根本に置かれているのです。これが、新たな宗派を開いた者が真言宗から登場しなかった理由なのだと私は考えています。念珠の形にもこの点が違いとして現れます。
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(上の画像は、堂本印象が描いた弘法大師像(教王護国寺(東寺)蔵)を複写したものです。)
弘法大師・空海は日本の各地を巡りました。その最たる例が四国八十八箇所、通称「お遍路さん」です。お遍路さんは弘法大師の入定(空海は死去しても未だ高野山奥之院で衆生救済を祈願しているとされている)後に確立されました。体を使って御大師様の足跡を巡るということが、出家した者だけでなく、一般の信者にも行われてきた、まさにこのことが真言宗の教えの根本が全身のすべての感覚を使って仏と一体化する点に通じるのだと私は感じています。
次回、本格的に念珠の形をみていきます。

念珠の形(天台宗・その2)

先週の更新ができず申し訳ありませんでした。
今回も天台宗の念珠の形についてのお話の続きです。天台宗と真言宗の大きな違いは弊社のホームページの『念珠のはなし』「第6話 天台宗と真言宗の念珠」にございますので、そちらをご覧ください。
天台宗の念珠の特徴は平珠ひらだま という算盤そろばん 玉のような形の珠を用いる点です。これは念珠を擦って音を出す為だと言われています。この音が「魔除け」になると考えられていることが、平珠を用いることの理由であると考えられます。前回ご紹介したように、天台宗は「ぎょう 」がその中心となっており、こうした「ぎょう 」の最中に襲ってくる災難(魔)を取り除くことがこの念珠の特徴なのだと私は考えています。以前このブログでご紹介した「念珠はお守りとしての役割がある」という私の考えも、ここから着想を得ています。
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天台宗の「ぎょう 」や仏典解釈の「法会ほうえ 」(=集まりのこと)などについて体系的にまとまられた書籍があります。大阪・貝塚の水間寺みずまでら 武覚超たけかくちょう 貫主様の博士論文の一部である『比叡山仏教の研究』(法蔵館、2008年)です。織田信長の比叡山焼き討ち以降の比叡山仏教の歴史を中心に史料を博捜はくそう された労作です。
この本の内容を簡潔にご紹介することは到底できません。ただ、天台宗の教えの根幹を成すのは伝教大師様が書かれた『山家学生式さんげがくしょうしき 』であることは論を ちません。内容は「一隅を照らす運動」ホームページをご覧いただきたく存じます。大切なことは、「道心(悟りを求める心)を持った人こそ国の宝なのだ」という点です。
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念珠は「お守り」であると同時に「仏様と私たちを繋ぐ絆」ではないか、と考えています。念珠を皆様の傍らに抱くことは、皆様を守って下さる「お守り」とその保護者である仏様との繋がりを認識することに意味があるのではないか、と私は考えています。

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比叡山仏教の研究

著者:武覚超 
出版社:法蔵館
発売日: 2008/03/16
メディア: 単行本(ハードカバー)
参考URL:比叡山仏教の研究
(法蔵館)

 

念珠の形(天台宗・その1)

今回からは各宗派のお念珠に関して個別にみていこうと思います。
今回は、その枕としてのお話です。
初回は天台宗についてです。日本の仏教は飛鳥時代に朝鮮半島から伝来したと言われています(諸説あり)。仏教が日本に伝来してから約150年が経過した頃、奈良から都を移すこととなり、新しい都の精神的支柱として最澄(伝教大師)と空海(弘法大師)が選ばれました。2人の御大師様は唐(中国)で仏教を学んでいましたので、お二人は当時、現在で言うところの「留学経験のあるエリート」でした。
大師号からも分かる通り、最澄は「教え(仏教)を伝え」、空海は「法(仏法)を弘め」ました。すなわち、最澄は比叡山を根本道場として仏教を伝えることに注力し、空海は各地を廻って仏法を弘めました。
天台宗には様々なぎょう があります。最近、報道された千日回峰行せんにちかいほうぎょう もその1つです。千日回峰行のように地球1周分歩くぎょう もありますが、12年を超えて伝教大師の御廟ごびょう の傍にお仕えするぎょう 、朝昼夜と読経を続けるぎょう もあります。どれも今でも続く厳しいぎょう です。比叡山では、こうしたぎょう と並行して、仏典解釈も行われました。
ぎょう (体)と仏典解釈(頭)の両輪で天台宗は脈々と受け継がれてきました。その中から独自の解釈を行う者が出てきました。
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(上記の画像は比叡山延暦寺・発行『伝教大師ご一代記』に掲載されているものです。)
上記に掲げた6人の御大師様は皆、比叡山で学んでいます。ですから、6名の御大師様の開かれた宗派のお念珠の形は天台宗の系統を受け継いでいます。
その詳細は次回以降にご紹介することとします。

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