霊場巡り | 春は花

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犬鳴山七宝瀧寺へお参り

師走になりました。どうして「師走」というのでしょうか?
詳しく知らなかったのですが、とある寺院の月刊紙を読んでいましたところ以下のような記述がありました。
12月を「師走」と云いますが、一説によりますと語源は僧侶の礼拝行にあるということです。平安時代、年末になりますと各貴族の邸宅では礼拝行が営まれていたとのことです。当主に代わって僧侶が礼拝行を行い、各家の穢れを祓い、その家を浄めていました。年末になりますと各貴族の邸宅を忙しく回るので「師走」と云われるようになったそうです。
書寫山圓教寺・発行『松のひびき』307号(2019年12月号)1頁
如月や神無月など「~月」という月名の中で師走が異質だと思っていましたが、納得いたしました。知らないことが多いですが、こうやっていろいろな方に教えて頂くと一つずつ賢くなっていきます。
さて、今週は犬鳴山七宝瀧寺にお参りしました。大阪府泉佐野市にあるお寺です。関西国際空港がある都市として有名な泉佐野市ですが、犬鳴山七宝瀧寺はその名も犬鳴山の上に建つお寺です。
【大きなお不動さまがお出迎えして下さいます】
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【本堂】
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【清滝堂】
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【清滝】
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水が綺麗な所へ赴くと、体がスーとする感覚になります。気持ちが良いですね。行者様方はお滝を浴びて体を浄め、山岳修行や護摩供養を行われます。こういった山の中で心と体を浄めていくのだなぁ、と感じ入りました。
近畿三十六不動尊霊場をお参りして、いろいろな御不動様にお目に掛かっています。「師走」のこの時期、心と体を浄化して、本年の残りの日々を過ごしていきたいと思いました。

千葉寺~台風からの復旧へ~

紅葉が色づいてきました。琵琶湖を背景に紅葉を撮ってみました。
【琵琶湖を背景に紅葉を】
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先日、東京に行った際にそのまま千葉へ足を延ばしました。千葉寺と書いて「せんようじ」というお寺をお参りするためです。千葉寺は坂東三十三観音霊場第29番札所ですのでお参りをしました。最寄り駅は京成電鉄の「千葉寺駅」で「ちばでらえき」と読みます。多くの人々には「ちばでら」として親しまれているお寺なのだと感じます。千葉寺駅から少し坂を上っていくと千葉寺はありました。
【千葉寺の仁王門】
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千葉県は10月の台風19号の猛威で大きな被害を受けています。予想をしていませんでしたが、千葉寺も手水舎が倒壊していました。
【千葉寺本堂(手前に倒壊した手水舎があります)】
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多くのお寺は火災や天災などで幾度となく被害を受けています。こうしたお寺を再建・復興していったのはお寺に信仰を寄せる信者の人々です。前回ご紹介した浅草寺も東京大空襲を経て焼失した本堂が戦後に再建されました。火災や天災等を経ても甦っていく寺院は真に信仰の結晶なのだと思います。現状は被害復旧の途上ではありますが、それを乗り越えることが信仰の証なのだと感じました。
観音さまを巡って、いろいろなお寺をお参りしますが、今回は信仰について深く考えさせられたお参りでした。

浅草寺・朝座勤行

更新が遅くなって申し訳ありません。依頼があると断れない性分で、いろいろなことが重なってしまいました。お詫び申し上げます。
11月16日(土)に東京で勉強会に参加し、別件で翌17日(日)に用務が入ったので、16日の夜は東京に宿泊しました。折角なので、坂東の札所巡りをしようと思って浅草に泊まりました。
【夜の浅草寺】
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時間が取れず写経を出来ていなかったので、浅草寺の朝座勤行に参列して参りました。(浅草寺のHPに案内があります。)
【開扉直後の本堂】
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現在(冬季)の開扉の時間は午前6時30分です。開扉直後に内陣に入れて頂いて早速朝座勤行が始まりました。天台宗系の聖観音宗のお寺である浅草寺ですから『台宗課誦』という経本を持参して参りました。法華懺法(ほっけせんぼう)を終えた後に観音経を読誦、その後に脇侍の愛染明王さまと不動明王さまの御前でそれぞれの供養が為されておられました。
いろいろな法要に参列している私ですが、法華懺法と観音経の読誦のスピードに付いていけませんでした、毎日のことですから、僧侶の方々も参拝の方々もほぼ暗記されておられ、スピードが非常に早く、まだきちんと目覚めきれていない私には目で追うのがやっとでした。
【朝座の後に本堂から】
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【二天門から撮ったスカイツリー】
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40分ほどして本堂を退堂した際に朝日に照らされて気持ちが良かったです。予想以上に朝座に参列するのは気持ちが良いものです。三文以上の得をした気分になりました。

京都三弘法を歩く

雨が続きます。暑さが和らぎ、秋の気配を感じるようになってきました。
巡礼の代表と言えば「四国八十八か所」、通称「お遍路さん」です。巡るのは時間とお金の算段がつかず実現できておりません。江戸時代にお遍路へ行く巡礼者が旅の安全を祈願して京都市内の弘法大師様をお祀りする三寺院を巡る風習がありました。「三弘法(さんこうぼう)」といいます。京都の他に名古屋などにもそういった風習があるそうです。
今回、京都三弘法霊場会の主催で「歩こう!三弘法」という企画がなされ、私はその会に参加して参りました。
朝8時30分に東寺さまの御影堂(仮堂)に集合して、そこから仁和寺さまへ、そして神光院さまへと徒歩で巡るという行程でした。当日は天候にも恵まれ、歩くのには最適な気候でした。
【東寺を出発】
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【昼に仁和寺へ到着】
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【最後に神光院へ】
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神光院さまに到着したのが15時40分ごろでした。各寺院の僧侶の方々の先導と解説を聞きながら、弘法大師様の御尊像を拝ませていただきました。
いつもは車や自転車などで通り過ぎてしまうところを歩いてみると、気付くことが多かったです。何よりも、大きな寺院である三弘法のお寺様をじっくりと歩きながら拝ませていただけたことは有難い限りでした。万歩計を見ると3万歩ほど歩いておりました。普段は1万歩ほどですので、普段の三倍ほど歩いたことになります。体力的には疲れましたが、弘法大師さまの御尊像を僧侶の方々、そして参加者の皆様方と拝むことができて気持ちが良い巡礼でした。

赤山禅院参拝~都七福神めぐり~

新たな御代を迎えました。皆様は10連休はどのようにお過ごしだったでしょうか?私はほぼ家におりました。テレビで上皇陛下並びに天皇陛下のお姿を拝しておりました。お言葉や儀式に臨まれる姿勢を拝見していると、お二人の陛下の誠実さが画面から溢れ出ているように感じました。先年発せられた「象徴としての天皇像を模索する道は果てしなく遠い」との上皇陛下のお言葉は未だ印象に深く残っています。私にとっては「天皇」という存在を改めて真剣に考え直す数日でした。
さて、御代替わりにおいてお祝いムードに包まれています。「祝」や「福壽」という文字があちらこちらに踊り、気分が華やぎます。本日は福徳をお授け下さる神様についてご紹介いたします。
平安京の東北には鬼門除けとして比叡山がある、という話は中学校の歴史の授業で聞かれたことがあるかと思います。その比叡山の境内という位置づけになっているのが比叡山の京都側の麓にある赤山禅院(せきざんぜんいん)というお寺です。お寺とは言っても最初に鳥居をくぐります。神仏習合の色濃く出たお寺です。
【鳥居】
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御本尊様は泰山府君(たいざんふくん)さまです。人が三途の川を渡った後に閻魔大王の前に進み出るわけですが、閻魔大王の横で帳面と筆をもっているのが泰山府君さまです。
【拝殿】
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【本殿】
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そしてこの赤山禅院は都七福神の福禄寿を祀るお寺でもあります。
【福禄寿殿】
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京都に住んでいながら今年になって都七福神巡りで初めて訪れたのですが、面白いですよね。閻魔大王さまをお祀りするのではなく、その隣の帳面をもった泰山府君さまをお祀りしているのですから。これは想像ですが、生きている間に泰山府君さまに一生懸命にお願いすると生きている間の罪状を閻魔大王さまに手心を加えて伝えてくれたりするのでしょうか?極楽行きか地獄行きか微妙なラインの場合は生きているうちの泰山府君さまへの願いがものを言いそうだなぁ、と勝手に思ってしましました。
赤山禅院は、「五十日」と書いて「ごとうび」もしくは「ごとび」と呼ぶ、支払日の商慣習の発祥の地でもあります。「五」や「十」が付く日や月末に支払いをすると集金が上手くいく、ということから始まった習慣とのことです。25日や月末もしくは10日が支払い期日となっている会社や銀行が今でも多いのはここが起源とのことです。
【都七福神・朱印色紙】
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七福神を巡ってみて、京都のお寺は結構面白いなぁ、と思いました。商慣習など今の生活では宗教的だと考えていないことにまで寺社は関わっていたのだなぁ、と感心してしまいました。
弊社にも新しき御代と共に皆様との御縁など福壽が舞い込んできてくれると嬉しいと思いました。

将軍塚へ

新元号が決まりましたね。英訳すると「beautiful and harmony」とのこと。新たな御世に期待が持てる元号と思いました。
平安京が造営される際に、桓武天皇が平安京鎮護のために土の将軍の人形を都の方に向けて埋めた塚があります。「将軍塚」との名称で京都・東山連峰の中でもひときわ高い場所に位置します。
【将軍塚】
将軍塚
この将軍塚は青蓮院門跡の飛び地境内となっており、現在そこには青龍殿というお堂と共に国宝の「青不動明王二童子像」(掛軸)がお祀りされています。
【将軍塚正門】
将軍塚正門
【青龍殿】
将軍塚青龍殿
目にすることができるのはレプリカのものですが、教科書にも載っている、御不動様と言えば日本人が想像する代表的な仏様を拝しました。
将軍塚を訪れたのは初めてでしたが、高い位置から京都市内を一望できました
【京都市北部を臨む】
将軍塚から京都市北部
【京都市南部を臨む】
将軍塚から京都市南部
最近、私は個人的に御不動様をお参りすることが多いです。御不動様は「降魔(ごうま)」の仏様と私は思っているので、何だかいろいろな困難なことが上手いこと降りかからずに事が進んでいるように感じます。京都を一望できる位置に、御不動様が居られ、京都の平安をお護り下さっているのだなぁ、と感じ、青不動様に感謝してお参りすることができました。

目黒不動参拝

物の見え方というのは感情に左右されてしまうと感じています。昨年、西国巡礼の最中で舞鶴の松尾寺を参拝した際に、馬頭観音様を初めて拝して、凄まじい衝撃を受けました。観音様と言えば大変に優しい表情をされているイメージが強く、「慈母観音」に代表されるように微笑んでいる表情が多く見られます。それに対し、馬頭観音様は忿怒の表情で、「観音様にもいろんな表情があるなぁ。」と感じたのを覚えています。
馬頭観音様を拝してから、不動明王様に対する見方が変わりました。不動明王様に対して、私はどちらかと言えば怖い印象を持っていましたが、忿怒の表情というのは「魔を退散させ、煩悩や悪縁を断ち切る」ためなのだと知って、「怖い」という感情から「ありがたい」と思うようになりました。


さてさて、先立って東京に赴いた際に、少し時間があったので目黒不動にお参りしました。
目黒不動
正式には「泰叡山瀧泉寺(たいえいさんりゅうせんじ)」と言います。地名になっていることからもお分かりの通り、巨大な堂宇を誇る大寺院です。
最近の私の関心は、目黒不動を含めた五色不動(目白・目黒・目赤・目青・目黄)の配置、そして寛永寺と輪王寺、江戸城を含めた配置がどういった思想に基づいていたのか、というものです。恐らく易学や陰陽五行思想に関連しているとは予想できますが、江戸から「魔を退散させる」という徳川家康の思いが込められているように感じています。
不動明王様は、何か願い事を叶えてくれるというよりも「無魔に(難無く)過ごせる」ように護って下さる仏様なのだと目黒不動をお参りして感じました。雑感ですが、今週はこんなところです。

観音様~出逢いに感謝~

カレンダーを新しくする時期です。いよいよ年の瀬となりました。
本年は私自身が歩いてもしくは車や電車に乗って、いろいろな所へ行った年でした。きっかけは本年4月末に観音霊場の納経軸を発見したことでした。
まずは京都に住んでいるのだからと、洛陽三十三所観音霊場を巡りました。そして、西国観音霊場を巡り終えた私は百観音を目指して現在巡礼を続けています。
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8月にご紹介した納経軸は仏様となって先日、我が家にお迎えしました。
観音様は三十三の御姿に変化(へんげ)して私たちの身近に御出で下さると言われていますが、本年は観音様を通じて沢山の方々との出逢いがありました。恐らく私の人生の中で最も多くの方々と出逢い、お話しできた一年だったのではないかと思います。人と出逢い、話をすることで自分自身を見つめ直し、智慧を得ることができるのだと感じました。
本年も気の赴くままに綴ってきましたが、お付き合いいただいた皆様方に感謝しつつ、本年は筆を擱くことといたします。
よいお年をお迎えください。

総持寺~包丁の道~

12月も半ばです。今週は一気に寒くなりました。
1週お休みしていましたが、今週から再開いたします。
石塔(総持寺)
私は阪急電車を頻繁に利用します。その沿線に「総持寺駅」という駅があります。幼い頃からお寺があることは認識していましたが、それ以上の認識はしていませんでした。西国巡礼を始めて、この「総持寺駅」が西国霊場の総持寺の最寄り駅だと分かりました。
【山門】
山門(総持寺)
【山門から本堂を】
山門から本堂を(総持寺)
さて、総持寺の起源は、藤原山蔭(ふじわらのやまかげ)という公家が助けた亀によって命を救われるという逸話で良く知られています。山蔭の父が亀を助けた日、山蔭が継母に川へ突き落されてしまいますが、その亀に乗って山蔭は帰って来る、というお話です。その日が18日、観音様の縁日だったので総持寺が建立されたと言われています。
【本堂全景】
本堂全景(総持寺)
藤原山蔭は大人になってから宮中で料理法の策定に関わったそうです。その中で包丁道を確立しました。魚(大抵の場合は鯛)を決まった所作に従って捌いていく儀式です。
【包丁塚】
包丁塚(総持寺)
包丁”道”というくらいですから、「礼に始まり礼に終わる」ものです。こうしていろいろなお寺をお参りし、色々な文化に触れると、日本の文化の意味づけが少しずつ分かってくるように思います。
華道は六角堂の如意輪観音さまへのお供えから始まったもの、茶道も神仏への献茶の為に確立されてきたもの、そして包丁道は天皇陛下への献上の為に確立されたものと考えることができます。
日本には「道」と付くものが沢山あります。ただ単に花を活ける、お茶を点てる、魚を捌くという行為だけではなく、そこに気持ち、心を込めなければならない、ということが「道」の根底にはあるのだと感じます。
【総持寺の御詠歌】
「おしなべて 老いも若きも 総持寺の 仏の誓ひ 頼まぬはなし」
御詠歌(総持寺)

善峯寺~要のお釈迦様~

早12月です。今年は秋が無く、夏からすぐに冬になった気がします。
寒さが厳しくなると、冷えて腰が痛くなる方も居られます。冷えは万病の基、お気を付けください。
昔からこうした腰痛や神経痛に悩まされた人が多くいました。そうした人々を癒したのも仏様でした。京都の西山の善峯寺が今回ご紹介するお寺です。
【山門】
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【本堂(観音堂)】
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山に建つ善峯寺は京都市内を一望できるポイントが各所にあります。
【鐘楼堂付近からの眺望】
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善峯寺は多くの親王が住職となった格式の高いお寺です。その寺域が広い、伽藍が立派であるなど、目を見張るところがありますが、西山からは京都と比叡山をまとめて見ることができます。どこかで変化が起きた場合や緊急時に天皇などが避難できるように整備されたのだろうと考えられます。昔から、京都の人々は何かが起きてもイエが存続するように離散しておいて、緊急時に備えていました。
【遊龍の松】
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善峯寺の見どころは「遊龍の松」でしょう。背丈は1mほどですが、とても大きく広がった松です。国の天然記念物に指定されています。恐らく人工的に作り上げられた形状なのでしょう。簡単に言うと「盆栽の大作」と言えると思います。
今回のお参りでは、観音堂よりも釈迦堂でのお勤めの方が何だか気持ちが良い気がしました。本堂は参拝者でにぎわっていましたが、少し登ったところにある釈迦堂は内陣でお参りができるにもかかわらず参拝者も少なく、仏様と近くでお参りすることができました。
【釈迦堂と西山】
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釈迦堂の裏では夏季(5月~10月)の第二日曜日に薬湯場が解放されます。昔から多くの参拝者が薬湯に浸かって腰痛や神経痛を癒していました。
【善峯寺の御詠歌】
「野をもすぎ 山路にむかふ 雨の空 善峯よりも 晴るる夕立」
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仏様に近いお参りをすると、薬湯に浸かったような何とも言えない気持ち良さを感じます。御詠歌にもあるように、雨が上がって観音様が良い方向にお導き下さるような気がします。普段の喧騒を少し離れて、心を洗う所業も大切だと思うお参りでした。

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