遊びと仕事は紙一重です。私はいろいろな所へ行くことがありますが、それは遊びと言えば遊びになるし、仕事と言えば仕事となるし、捉え方次第です。「傍から見るといつも遊んでいるように見えるのだなぁ」と強く感じたのですが、それも捉え方の一つなのでしょう。
先週、京都府の北部の伊根町へ行きました。京都府の漁獲高の半分以上を占める漁港です。「伊根の舟屋」で有名な町です。
【伊根の舟屋】
【遊覧船からみた海】
遊覧船に乗って伊根湾を眺めました。伊根湾に浮かぶ青島(あおしま)には蛭子神社があると遊覧船で解説が流れていました。伊根の漁民にとっては神聖な島とのことです。
【青島】
【丘の上から伊根湾を臨む】
この神聖な島は嘗て舞鶴鎮守府に買い上げられて軍事利用された過去があります。舞鶴から車で伊根まで移動するのは約1時間半ほどかかりますが、船であればより早く到着できるのでしょう。
旧日本海軍の史料や旧跡などを見ていると、神社に関係するものをよく目にします。海上での安全はやはり祈りが必要だったのだなぁ、と感じます。日本の神話に登場する海の神「ワタツミ」への信仰と何か関係しているのでしょうか?
信仰というのは安全や必勝というものから生まれてくるものであり、何とも不思議な感情であると感じました。科学が発展した今日であっても信仰が存在するのは、物事の捉え方には多様な面があることの証左かもしれません。不思議な感覚を覚えた一時でした。
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