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春は花

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世の儚さを知る

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弊社には上の画像の書が掲げられております。
この書は弊社の本店営業部が竣工した記念に当時の醍醐寺の門跡様であらせれた岡田おかだ宥秀ゆうしゅう猊下げいか(1907年-1985年)が揮毫きごうして下さったものです。
弊社の本店営業部竣工以来ずっと掲げられています。1985年(昭和60年)に完成致しましたので、もう30年以上もの間、私達を導いて下さっております。
「大覚」という言葉は「夢から覚める」、つまり「この世は非現実なのだ」ということを教えてくれています。
「祈り」は、身近な人が亡くなったり、大震災などのどうしようもないことが起きた時に行うのが常です。
「祈り」が基盤にある念珠――私達の扱う商品は世の儚さを知らずして扱えないのです。
この書を掲げ続けているのは、「私達が世の儚さを忘れてはならぬ。」という弊社先代からの変わらぬ心意気の現れなのです。
USBメモリー紛失などの卑近な例からでも「世の儚さ」を感じることは実は大切なのかもしれません。

先日、私は落とし物をしてしまいました。この数年間で私自身が作成してきた文書などが保存されているUSBメモリーです。
無くなってみて初めて、そのUSBメモリーの自分自身にとっての重要性を知りました。何年も掛けて培った物も失うのは一瞬です。
何とも儚い(はかない)と感じます。
さて、前回「覚醒」は「目覚める」と同じ意味だと書きました。では何から「目覚める」のでしょうか?実は、「夢から目覚める」のです!
(右の画像の掛物は京都・東山建仁寺管長・小堀泰巖老大師様が揮毫なさったものです。)
日々の眠りの中で「夢」を見ることはありますよね(=睡眠中の幻覚)。また、将来の希望を「夢見る」こともありますよね(=将来の理想)。どちらの「夢」も「非現実」ということは共通しています。
仏教では、人生そのものが「夢」なのです。つまり、「人生=非現実」なのです!
儚い(はかない)」と言う漢字は「人+夢」ですし、ここにも仏教由来の言葉があります。
世の儚さに気付く――これが「覚醒」への第一歩なのかもしれません。

春は花

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本ブログは本日11月11日で開設1か月となりました。そして毎月11日は「東日本大震災の祈りの日」です。ここで本ブログのタイトル「春は花」についてお話をしてみたいと思います。
「春は花」と聞くと、道元禅師の歌を思い浮かべる方が多いと思います。
春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪冴えて、すずしかりけり
この歌が有名となったのは川端康成がノーベル文学賞の受賞記念講演で引用したことが大きいでしょう。 (受賞記念講演の全文は下記の書籍をご参照下さい。)
川端康成はこの歌を日本の四季の美しさを端的に表現したものと評しています。もちろん四季の美しさを感じ取れる素晴らしい歌ですが、この歌にはそれ以上に深い意味があります。
この歌には実は出典があります。『無門關』「第十九 平常是道」が出典です。(足立大進(編)『禅林句集』(岩波書店、2009年)413ページ参照)
これを解釈することはなかなか骨が折れます。 この歌は四季の美しさを表現しつつも、自らの中の「真実の自己(無相の自己)」を表現している歌なのです。
私は、「人間は四季の美しい自然の中で生きており、人間は自然と共にあるのだ。」、ということを教えてくれているのではないかと考えています。
便利になった世の中で「祈り」を考える。本ブログの趣旨を考えた時、道元禅師の歌を思い浮かべました。
(右の画像の掛物は京都・東山建仁寺管長・小堀泰巖老大師様が揮毫なさったものです。)

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美しい日本の私

著:川端康成 
訳:サイデンステッカー,E.G.
出版社:講談社
発売日: 1969/03/16
メディア: 新書
参考URL:http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784061155800
(講談社BOOK倶楽部)

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