仏教 | 春は花

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子年のはじまりに

年が明けて最初の更新となります。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
京都駅の烏丸口(JR在来線の改札口)を出てすぐのところに弊社の店舗があります。私自身はあまり詳しいことを関知していなかったのでこれまで知らなかったのです(お恥ずかしい。。。)が、通り沿いに色紙を飾ることができるスペースがあると分かりました。そういう話を聞いたので、最初は私が関心をもった戸津説法師の穴穂大僧正様の色紙を飾っておりました。そうすると私がお参りへ様々なお寺に伺った時に、知り合いになった方々から「京都駅で穴穂先生の色紙を見たよ!」とお声をかけて頂き、観音様や観音経のお話を伺うことも出来ました。
そういうわけで、定期的に色紙を変えていこうと思いました。これは完全に私の趣味の領域になってしまいますが、できるだけ分かり易く仏様の御教えを説かれた色紙を飾ることで、1人でも足を止めて下さる方がおいでになれば嬉しいと思いました。
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今回は、臨済宗妙心寺派の現管長である玄々庵 小倉宗俊猊下の干支色紙を飾らせていただきました。ねずみの画の上に「千手千眼」と書かれています。子年の守り本尊が千手千眼観音さまであることに由来しているのが理由と思われます。子年は干支の始まりの年であり、何事にも心機一転取り組むいいきっかけとなる年です。そして、ご自身の努力が他人に評価されなくとも、実は誰か(これを仏教では観音様と云う)が見聞きしていてくれるのだ、ということを心に留めておいて欲しい――そう感じます。
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守り本尊のお話で思い出したのですが、弊社の本店の前には大きな阿弥陀様(誓願寺様の御本尊様)がおられます。何故だか弊社の本店に勤務してくださる方は亥年生まれが多いのです。意図したわけではないのでしょうが、やはり仏様と云うのは「御縁」の大切さを事象で示して下っているのだなぁ、と感じた次第です。
雑多なことを書きましたが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

成道会に参列~鎌倉・円覚寺へ~

本ブログを見返すまでもなく、この1か月ほどは毎週上京しているような気がします。私自身は嘗て、そう遠くない過去に自宅に籠って勉強している時期がありました。別段身体の自由は制限されてはいませんでしたが、やはり周りの目が気になって、できるだけ自室からは出ないことが多かったように思います。その時期に思ったことは未だ記憶にしっかりと焼き付いています。「このまま死んでしまったら世間に私は知られることのないまま歴史は進んでいくのだろうなぁ。」と。おかしなことのようですが、やはり”人”というのはインプットしたものをアウトプットして行ってこそ初めて”人間”になるのだと思います。難しくはない、ただ人とおしゃべりするなどの触れ合えば良いだけです。最近毎日予定が立て込んでいると、嘗て感じたこの気持ちを忘れてしまっていました。
先週末の12月8日(日)、東京で用事があったので、その日の朝は鎌倉の円覚寺さまにお参りに行きました。当日は午前9時から日曜説教会(第二日曜日に開催)が開かれ、そして偶然にも12月8日でしたので成道会が日曜説教会の後に厳修されました。
【紅葉の綺麗な参道】
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日曜説教会で青松軒老師様は、「お釈迦様が悟りをひらかれたことは尊いことであるけれど、その悟りを梵天(ブラフマン)の指図によって多くの人々に説かれたこと。これこそが実に尊いことなのです。そうでなければ仏教という教えは今まで伝わってこなかったのですから。」という趣旨のことを仰いました。(メモ書き程度なので、一言一句正確とは言えません。詳細はこちらをご覧ください。)
【山門】
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このお話を聴いて、人と関わっていくことが何にも増して大事なのだという思いを一層強くしました。高尚な理論を理解しても、それを多くの人々に伝えられなければ、ただ単なる自己満足で終わってしまう。科学のことは学者に、お経のことは僧侶に、身体のことは医者に、と言った具合で専門家に話を伺って、それを自分の中で解釈して人に伝えていくことの大切さを感じました。何とも大きな「気付き」を得ました。
【成道会厳修された佛殿】
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日曜説教会の後の成道会では青松軒老師様の偈頌奉読を拝した後、楞厳咒(りょうごんしゅ)というお経をお唱えしました。(法要の様子はこちら)私は滅多にお唱えする機会がありませんが、自宅にあった経本を持って一緒にお唱えしました。円覚寺派はお経の節回しが独特のようです。参列した際に頂戴した案内文には「『山節』と称する独特の節回し」との記載がありました。長いお経ですが、所々節回しについて行けないところがありました。「門前の小僧習わぬ経を誦む」よろしく、私はどうも京叢林の節回しに慣れてしまっているようです。環境とは不思議なものです。
【門が額のようです】
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お釈迦様が教えを広められたこと、その尊さを感じることができたお参りでした。何だか過去の自分と対話しているような気がして気持ちの良い上京となりました。

甲子の日のお参り~江戸裏鬼門の大黒さん~

京都の紅葉はまだ見頃です。
【真如堂の紅葉】
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60日に一度廻ってくる甲子の日、今年最後の甲子の日は11月23日(土・祝)でした。60日前の9月24日(火)は比叡山にお参りしましたが、今回は東京に用事があったので、江戸の裏鬼門を護る大黒天様をお参りしました。
お参りしたお寺は東京の目黒駅から行人坂を少し下ったところにある松林山大圓寺さまです。
【大圓寺さまの山門】
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大圓寺さまでは甲子の日に護摩供養が為されています。甲子の日、午前10時、午後1時、午後3時の三座の護摩供養が行われます。私は午後から勉強会があったので、午前10時の初座にお参りしました。
【護摩供養が行われた本堂】
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初参加でしたが、導師さまの真後ろでお参りさせていただきました。護摩供養の後、導師さまのお説教を拝聴しました。「祈りには効果があるのか?」というテーマのお説教でした。自分自身の福徳を神仏に求めることが祈りの効果なのか、というと決してそうではないと思います。それならば、大黒天様をお参りしている人は全て億万長者になっているはずです。アメリカの大学で行われた科学的な実験結果を例に出され、「祈ることは、祈る人と祈られる人の双方に良い影響を与える」というお話をされました。
人々が抱える悩みを人智の次元で考えていては気が滅入ってしまいます。ですから、神や仏という人智を超えた次元で考え、精神を落ち着けていくという行為はスピリチュアル・オカルト的な要素だけでなく、科学的にも意味があることなのだと極めて深く納得しました。
観音経をきちんと読誦できるようにしなければならないというのが私の喫緊の課題ですが、雨の中でもお参りして良いお話が聞けました。

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祈りの言葉―――「見えない力」を味方にして、人生を変える

著者:山川紘矢=山川亜希子 
出版社:ダイヤモンド社
発売日: 2016/07/29
メディア: 単行本(ソフトカバー)
参考URL:https://www.diamond.co.jp/book/9784478100165.html
(ダイヤモンド社)

 

八千枚護摩供~山を巡り~

11月、個人的には今月はあまり予定が無いと思っていたのですが、何だかいろいろ立て込んでおります。いろんなことが延び延びになっており申し訳ございません。
先週末になってしまいますが、11月2日(土)に比叡山の無動寺谷明王堂をお参りしました。11月2日は回峰行の祖・相応和尚の御命日にあたり、それに合わせて法要と八千枚護摩供が厳修されました。私は開闢(かいびゃく:始まり)の座をお参りに行きました。
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明王堂は小さなお堂ですが、こうした行事の時には溢れんばかりの方々が参集されておられます。悩みや苦しみを抱えた方が少なからず居られ、また心願成就を願う方がこれほどに多いのだなぁ、と感じます。便利になった現在を生きる私ですが、「お不動さん、どうかどうか!!」と願っておられる方々を間近に見て、弊社の存在意義というものを強く感じます。大阿闍梨様が一心に多くの方々の願いを不動明王様に祈っておられる姿に「ありがたい」という一言しか思い浮かびませんでした。本当にありがたいご修法だと感じました。いろいろと用務があって、翌11月3日の結願の座には伺えず残念でした。


翌日は夕方に自宅を出発し、信貴山へ向かいました。こちらは信貴山朝護孫子寺の大本山成福院さまで11月3日から10日までの1週間に亘り計21座のご修法が為されます。私は開白(かいびゃく:始まり)の座に伺いました。
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先の20座は前修行ということで、11月10日の21座目が本座となります。前修行の座は秘密行が行われます。
【衝立の向こうでは秘密行が行われています】
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秘密行が終わると本堂に入ってお参りできました。こちらでは護摩壇の脇でお参りをさせて頂きました。
【初座修法後の本堂】
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近時御縁ができて、私は隔月で伺っていることになります。御縁というのは不思議なものだと感じます。


天台宗と真言宗は密教と言われます。主に国家安泰(鎮護国家)の為に国家宗教となっていた時期があります。私は今回、ご真言や般若心経を式衆の僧侶の方や参拝の方々とお唱えしながら行者様のご修法を見守っておりました。天皇陛下御即位に関する行事の模様をテレビで幾度となく拝見しておりましただけに、こうした伝統的なご修法が今も脈々と続き、人々の平安を願い祈る修行が日本各地で行われていることが真にありがたいことだと感じました。
弊社の扱う念珠は、こうした凄まじい行をなさる行者様の傍らにいつもある物で、本当にありがたい商品を扱っているのだなぁ、とつくづくと感じました。

先ず隗より始めよ

台風十九号は再び日本列島に甚大な被害をもたらしました。被害を受けた方も少なからずおられることかと存じます。何より皆様方の御平安をお祈り申し上げます。
秋が訪れているように感じます。柿がなっていました。
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何年前から行われているのか不明ですが、弊社では毎年「地蔵流(じぞうながし)」という先亡者供養会を毎年行っております。開眼して頂いた地蔵菩薩さまの印判を水に溶ける紙に押印し、それを川に流すのです。(川に流すことに関しては許可を得ております。)
私は今年、個人的に外国人留学生と交流する機会が多く、先立っても中国人とフランス人の留学生と一緒に比叡山にお参りに行きました。日本人の友人とお参りに行く感覚で私は赴いたのですが、彼らは私が般若心経を読経するとそれに合わせて読経したのです!!平素から要らぬ老婆心を発揮する私は行きの道中で経本を見せながら「こういうお経があって、こういう意味があるそうですよ!」と解説をしてはいましたが、まさか一緒に読誦してくれるとは思いもよりませんでした。日本人と一緒にお参りした時には感じ得なかった衝撃でしたので、正直に驚きました。
地蔵流へは弊社に有縁の方々が参加して下さっています。今年は台風接近の最中でしたので、大雨と暴風の中での開催でしたが、何とか押印した地蔵菩薩さまを流すことが出来ました。今回の地蔵流へ参加して、弊社はより一層努力しなければならないと感じました。
弊社に有縁の方々ですので、信仰心が強い方々の集まりと思っておりますが、先に挙げた留学生たちの真摯に祈る姿勢とは少し違った印象を受けました。長年続いていることの惰性なのか、主催者の人徳の無さなのか、真相は分かりませんが、日本人と留学生たちの違いを目の当たりにして切迫感を感じました。
祈りとは強制されるものではありませんが、祈るのであれば真摯な姿勢が必要であり、それを決して忘れてはならないのだと私は考えます。「先ず隗より始めよ」の言葉通り、身近な方々から手を携えてお祈りして参ろうと感じた法会でした。

甲子の日のお参り

毎日毎日いろんなことがあります。朝のニュース番組で星座占いなどを観る方も多いようですが、あの占いも天体を基にした星座が基準です。
十二支は年で認識する方が多いようですが、日にも十干十二支があります。今日は甲子(きのえね/こうし)の日でした。甲子園球場で有名な甲子ですが、甲子の日は大黒天様の御縁日です。本日私は我が家の大黒天様をお連れして比叡山にお参りしました。
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実は大黒天の御縁日にお参りするのは初めてだったのです。そのため、お経にも初めて接しました。今まではご真言を唱えるだけでしたが、「大黒天神経」という御経本に即してお勤めしないといけないのだと分かりました。大黒天さまは商売繁昌というご利益が有名ですが、子孫長久というご利益があります。弊社はこれまで長くお念珠を販売して参りましたが、これを今後もずっと続けねばなりません。そのために、弊社の維持に必要な人材を絶えることなくお与えください、というお願いを込めて大黒天様を祀っております。
金銭ももちろん大事ですが、何よりも大事なのは人だと思います。人材を「人財」という漢字に書く方もいます。「人は財産である」とはその通りだと思います。
本日は人の大切さを感じたお参りでした。

赤山禅院へちま加持

本日9月13日は本年の仲秋の名月の日です。
節句もいろいろありますが、奇数の重なる日、つまり割り切れない日は気(パワー)が強いと考えられ、様々な節句があります。


1月1日:元日
1月7日:人日じんじつ の節句/七草
3月3日:上巳じょうし の節句/桃の節句
5月5日:端午の節句/菖蒲の節句
7月7日:七夕しちせき の節句/笹の節供
9月9日:重陽ちょうよう の節句/菊の節句


こうした節句を経て、季節が移り替わると考えられてきたのです。結構面白い考えだと思います。ちなみに節分(2月3日)は2月4日から新節(新年)が始まるので、その前日で2月3日です。2月4日は2も4も偶数ですので、気(パワー)が一番弱いためにこの日になったのだと考えられます。(2月2日にすると、前日が2月1日となり、御朔日[月の始まりの日]を大事にする考えとそぐわない為、2月3日が節分になったのではないかと思います。勿論、太陽の位置を基準に考えられていたので、数字だけが大切なわけではないのでしょう。)
さて、本年は本日9月13日が仲秋の名月でしたので、その日に併せて赤山禅院でへちま加持が行われました。へちま加持とは「ぜんそく封じ」といわれるものです。医学では治癒できない病気を比叡山の大阿闍梨様のお加持によって「気を整える」効用があるのと考えられています。
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私は今年初めて参列しましたが、平日にもかかわらず多くの参拝者が居られました。
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頂戴したへちまを土に埋めて、21日間毎日お参りすると1年間無病息災に過ごせるとのことです。
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「病は気から」と言いますが、病気の方々が大阿闍梨様のお加持を受けて、気を整えることで病から回復するというのは、科学的にはどうなのかは分かりませんが、首肯できることだと感じました。何事もマイナス思考で考えるとどんどんと悪い方向へ行ってしまいますが、プラス思考で考えるためにお加持でパワーを頂戴することは大切なことだと感じました。

観音様のご慈悲~戸津説法拝聴~

8月も本日で終了です。今年は暑くもありましたが、同時に豪雨の多い8月でした。
昨年もご紹介しましたが、天台宗では毎年8月21日から25日に掛けて琵琶湖畔の東南寺(とうなんじ)というお寺で戸津説法(とづせっぽう)という法華経を高僧が説く会が開かれています。(今年の様子はこちらをご覧ください。)
本年の説法師は京都府亀岡市の穴太寺のご住職の穴穂行弘大僧正様でした。穴太寺は本ブログでもご紹介したことがある通り、西国観音霊場の第21番札所です。観音経(妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五)を説法された第4日目に伺うことができなかったのが残念だったのですが、他の日のご説法を拝聴して、本年も新たな発見がありました。
穴穂大僧正様は長い歴史のある穴太寺を護ってこられたこともあり、受け継いだものを後世に引き継ぐということに注力されておられることが分かりました。特に昨年の台風に際して、事前に手入れをしていた境内の木々はお堂に影響を与えることは無かったけれども、大丈夫だろうと思っておられたお庭の木が塀を壊してしまう結果となったことを反省しておられました。「物が壊れる」ということを残念に思っておられる面もあるかと思いますが、それ以上に歴代のご住職様への申し訳なさというものを感じておられるように思いました。脈々と引き継がれてきたものを護っていくことは大変なことなのだと感じました。
【今回の記念色紙】
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お説法の5日間の天候は大雨が降ったり、一転して快晴であったりと目まぐるしく変わりました。ただ、例年に比してそれほど強烈な暑さを感じなかった5日間でした。このお説法の天候に触れ、私は観音経の一節を思い出しました。「澍甘露法雨 滅除煩悩焔(観音さまのお慈悲は甘露の法雨となって降り注ぎ、私たちの燃え盛る煩悩の火焔を滅して除いてしまう)」という一節です。観音様にずっと仕えてこられた穴穂御住職様のご功徳が天候に現れたのかなぁ、と感じました。
法華経を学ぶというのは極めて難しい大変なことでありますが、こういったお説法を聞くと、法華経は難しいものではなく身近なものなのだと感じました。

飯室谷不動堂・地蔵盆と放生会

本日、近畿地方は雨天でした。暑さが少し和らいだように思います。
本日、私は比叡山飯室谷不動堂で行われた地蔵盆と放生会にお参りしました。雨天でしたので、回向三昧堂の中から法要が行われました。
【回向三昧堂】
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【回向三昧堂の中から地蔵堂を臨む】
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【地蔵堂】
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法要の後に雨が落ち着くまでの間、大阿闍梨様から法話がありました。お地蔵様という仏様は私たちの傍らに寄り添って下さる仏様ということです。そして安全な方へと私たちを導いてくださるそうです。この法話を拝聴して、不動明王様やお地蔵様という仏様は私たちの安全を守って下さる優しい仏様なのだなぁ、と感じました。ご利益(りやく)というと「何も起こらない(無事)」ことなのだと思いますが、この「無事」であることがどれほどありがたいことなのかを改めて感じました。現在でも道を歩いているだけなのに突然車に轢かれて亡くなるなどということが実際に起こります。家から出掛け、その日無事に帰宅できることがどれだけありがたいことなのか、感謝しなければならないと思いました。
【放生会で稚魚を放流した池】
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その後、私たちが日々いろいろな命を頂いて生きていることに感謝し供養するための放生会が行われました。鯉の稚魚を池に放流しました。大阿闍梨様のお話によると全ての稚魚が生き残るわけではないそうです。鳥に食べられたり、池の中での競争に生き残れなかったりする稚魚もいるそうです。ただ、体が小さくとも果敢に餌に飛びついていく稚魚は生き残っているそうです。生きるために一生懸命であることが大切なのだと教わりました。
【御牘】
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御牘(おふだ)を頂いて帰宅しました。日々生きていることに感謝しなければならないと感じたお参りでした。

他国の人から見た日本の習俗

炎暑の中、皆様体調はいかがでしょうか?
お盆の時期を初めて日本で過ごした中国人の友人に「日本の仏教は特殊ですね。」と言われて、少し驚いてしまいました。普段はあまり熱心な信仰者ではないような人々が突然地元に帰ってしまって、彼の住んでいるアパートは彼くらいしか残っていないのではないだろうか、と思ったそうです。地元に帰った理由は「お盆休み」ということで、「これは仏教の行事ではないですか!?」と不思議そうな連絡をしてきました。
確かに不思議ではありますが、日本人の仏教への接し方について、私は以前お示ししたようにカレーライスやナポリタンと言った日本で生み出された料理への接し方に似ていると感じています。
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彼と先日学業増進を目的に北野天満宮へ行きました。天神様へのお参りの後、参道を歩いて参道脇の東向観音寺へと向かいました。
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東向観音寺は菅原道真が太宰府で自ら刻んだ観音像をご本尊としています。神道である北野天満宮の中に仏教寺院があることに彼は極めて驚いていました。彼の驚きの原因は「神道と仏教がよく共存できたなぁ」ということのようでした。明治時代より以前は仏教と神道は厳密な区別もなく、ふんわりとした形で一緒に信仰されており、今のように仏教と神道が大きく区別されることの方が新しい考え方なのだということも伝えました。
私達が当然のことと思っている日本の文化や習俗は世界の人々にかなりの驚きをもって受け止められているのだということが今回よくわかりました。いろいろな人とボーダレスに交流していくことの大切さを感じました。

安田念珠店

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TEL:075-221-3735 FAX:075-221-3730

E-mail:yasuda@yasuda-nenju.com

受付時間:平日(月~金曜日)AM9:00~17:30まで