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甲子の日のお参り~江戸裏鬼門の大黒さん~

京都の紅葉はまだ見頃です。
【真如堂の紅葉】
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60日に一度廻ってくる甲子の日、今年最後の甲子の日は11月23日(土・祝)でした。60日前の9月24日(火)は比叡山にお参りしましたが、今回は東京に用事があったので、江戸の裏鬼門を護る大黒天様をお参りしました。
お参りしたお寺は東京の目黒駅から行人坂を少し下ったところにある松林山大圓寺さまです。
【大圓寺さまの山門】
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大圓寺さまでは甲子の日に護摩供養が為されています。甲子の日、午前10時、午後1時、午後3時の三座の護摩供養が行われます。私は午後から勉強会があったので、午前10時の初座にお参りしました。
【護摩供養が行われた本堂】
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初参加でしたが、導師さまの真後ろでお参りさせていただきました。護摩供養の後、導師さまのお説教を拝聴しました。「祈りには効果があるのか?」というテーマのお説教でした。自分自身の福徳を神仏に求めることが祈りの効果なのか、というと決してそうではないと思います。それならば、大黒天様をお参りしている人は全て億万長者になっているはずです。アメリカの大学で行われた科学的な実験結果を例に出され、「祈ることは、祈る人と祈られる人の双方に良い影響を与える」というお話をされました。
人々が抱える悩みを人智の次元で考えていては気が滅入ってしまいます。ですから、神や仏という人智を超えた次元で考え、精神を落ち着けていくという行為はスピリチュアル・オカルト的な要素だけでなく、科学的にも意味があることなのだと極めて深く納得しました。
観音経をきちんと読誦できるようにしなければならないというのが私の喫緊の課題ですが、雨の中でもお参りして良いお話が聞けました。

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祈りの言葉―――「見えない力」を味方にして、人生を変える

著者:山川紘矢=山川亜希子 
出版社:ダイヤモンド社
発売日: 2016/07/29
メディア: 単行本(ソフトカバー)
参考URL:https://www.diamond.co.jp/book/9784478100165.html
(ダイヤモンド社)

 

八千枚護摩供~山を巡り~

11月、個人的には今月はあまり予定が無いと思っていたのですが、何だかいろいろ立て込んでおります。いろんなことが延び延びになっており申し訳ございません。
先週末になってしまいますが、11月2日(土)に比叡山の無動寺谷明王堂をお参りしました。11月2日は回峰行の祖・相応和尚の御命日にあたり、それに合わせて法要と八千枚護摩供が厳修されました。私は開闢(かいびゃく:始まり)の座をお参りに行きました。
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明王堂は小さなお堂ですが、こうした行事の時には溢れんばかりの方々が参集されておられます。悩みや苦しみを抱えた方が少なからず居られ、また心願成就を願う方がこれほどに多いのだなぁ、と感じます。便利になった現在を生きる私ですが、「お不動さん、どうかどうか!!」と願っておられる方々を間近に見て、弊社の存在意義というものを強く感じます。大阿闍梨様が一心に多くの方々の願いを不動明王様に祈っておられる姿に「ありがたい」という一言しか思い浮かびませんでした。本当にありがたいご修法だと感じました。いろいろと用務があって、翌11月3日の結願の座には伺えず残念でした。


翌日は夕方に自宅を出発し、信貴山へ向かいました。こちらは信貴山朝護孫子寺の大本山成福院さまで11月3日から10日までの1週間に亘り計21座のご修法が為されます。私は開白(かいびゃく:始まり)の座に伺いました。
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先の20座は前修行ということで、11月10日の21座目が本座となります。前修行の座は秘密行が行われます。
【衝立の向こうでは秘密行が行われています】
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秘密行が終わると本堂に入ってお参りできました。こちらでは護摩壇の脇でお参りをさせて頂きました。
【初座修法後の本堂】
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近時御縁ができて、私は隔月で伺っていることになります。御縁というのは不思議なものだと感じます。


天台宗と真言宗は密教と言われます。主に国家安泰(鎮護国家)の為に国家宗教となっていた時期があります。私は今回、ご真言や般若心経を式衆の僧侶の方や参拝の方々とお唱えしながら行者様のご修法を見守っておりました。天皇陛下御即位に関する行事の模様をテレビで幾度となく拝見しておりましただけに、こうした伝統的なご修法が今も脈々と続き、人々の平安を願い祈る修行が日本各地で行われていることが真にありがたいことだと感じました。
弊社の扱う念珠は、こうした凄まじい行をなさる行者様の傍らにいつもある物で、本当にありがたい商品を扱っているのだなぁ、とつくづくと感じました。

先ず隗より始めよ

台風十九号は再び日本列島に甚大な被害をもたらしました。被害を受けた方も少なからずおられることかと存じます。何より皆様方の御平安をお祈り申し上げます。
秋が訪れているように感じます。柿がなっていました。
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何年前から行われているのか不明ですが、弊社では毎年「地蔵流(じぞうながし)」という先亡者供養会を毎年行っております。開眼して頂いた地蔵菩薩さまの印判を水に溶ける紙に押印し、それを川に流すのです。(川に流すことに関しては許可を得ております。)
私は今年、個人的に外国人留学生と交流する機会が多く、先立っても中国人とフランス人の留学生と一緒に比叡山にお参りに行きました。日本人の友人とお参りに行く感覚で私は赴いたのですが、彼らは私が般若心経を読経するとそれに合わせて読経したのです!!平素から要らぬ老婆心を発揮する私は行きの道中で経本を見せながら「こういうお経があって、こういう意味があるそうですよ!」と解説をしてはいましたが、まさか一緒に読誦してくれるとは思いもよりませんでした。日本人と一緒にお参りした時には感じ得なかった衝撃でしたので、正直に驚きました。
地蔵流へは弊社に有縁の方々が参加して下さっています。今年は台風接近の最中でしたので、大雨と暴風の中での開催でしたが、何とか押印した地蔵菩薩さまを流すことが出来ました。今回の地蔵流へ参加して、弊社はより一層努力しなければならないと感じました。
弊社に有縁の方々ですので、信仰心が強い方々の集まりと思っておりますが、先に挙げた留学生たちの真摯に祈る姿勢とは少し違った印象を受けました。長年続いていることの惰性なのか、主催者の人徳の無さなのか、真相は分かりませんが、日本人と留学生たちの違いを目の当たりにして切迫感を感じました。
祈りとは強制されるものではありませんが、祈るのであれば真摯な姿勢が必要であり、それを決して忘れてはならないのだと私は考えます。「先ず隗より始めよ」の言葉通り、身近な方々から手を携えてお祈りして参ろうと感じた法会でした。

甲子の日のお参り

毎日毎日いろんなことがあります。朝のニュース番組で星座占いなどを観る方も多いようですが、あの占いも天体を基にした星座が基準です。
十二支は年で認識する方が多いようですが、日にも十干十二支があります。今日は甲子(きのえね/こうし)の日でした。甲子園球場で有名な甲子ですが、甲子の日は大黒天様の御縁日です。本日私は我が家の大黒天様をお連れして比叡山にお参りしました。
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実は大黒天の御縁日にお参りするのは初めてだったのです。そのため、お経にも初めて接しました。今まではご真言を唱えるだけでしたが、「大黒天神経」という御経本に即してお勤めしないといけないのだと分かりました。大黒天さまは商売繁昌というご利益が有名ですが、子孫長久というご利益があります。弊社はこれまで長くお念珠を販売して参りましたが、これを今後もずっと続けねばなりません。そのために、弊社の維持に必要な人材を絶えることなくお与えください、というお願いを込めて大黒天様を祀っております。
金銭ももちろん大事ですが、何よりも大事なのは人だと思います。人材を「人財」という漢字に書く方もいます。「人は財産である」とはその通りだと思います。
本日は人の大切さを感じたお参りでした。

赤山禅院へちま加持

本日9月13日は本年の仲秋の名月の日です。
節句もいろいろありますが、奇数の重なる日、つまり割り切れない日は気(パワー)が強いと考えられ、様々な節句があります。


1月1日:元日
1月7日:人日じんじつ の節句/七草
3月3日:上巳じょうし の節句/桃の節句
5月5日:端午の節句/菖蒲の節句
7月7日:七夕しちせき の節句/笹の節供
9月9日:重陽ちょうよう の節句/菊の節句


こうした節句を経て、季節が移り替わると考えられてきたのです。結構面白い考えだと思います。ちなみに節分(2月3日)は2月4日から新節(新年)が始まるので、その前日で2月3日です。2月4日は2も4も偶数ですので、気(パワー)が一番弱いためにこの日になったのだと考えられます。(2月2日にすると、前日が2月1日となり、御朔日[月の始まりの日]を大事にする考えとそぐわない為、2月3日が節分になったのではないかと思います。勿論、太陽の位置を基準に考えられていたので、数字だけが大切なわけではないのでしょう。)
さて、本年は本日9月13日が仲秋の名月でしたので、その日に併せて赤山禅院でへちま加持が行われました。へちま加持とは「ぜんそく封じ」といわれるものです。医学では治癒できない病気を比叡山の大阿闍梨様のお加持によって「気を整える」効用があるのと考えられています。
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私は今年初めて参列しましたが、平日にもかかわらず多くの参拝者が居られました。
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頂戴したへちまを土に埋めて、21日間毎日お参りすると1年間無病息災に過ごせるとのことです。
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「病は気から」と言いますが、病気の方々が大阿闍梨様のお加持を受けて、気を整えることで病から回復するというのは、科学的にはどうなのかは分かりませんが、首肯できることだと感じました。何事もマイナス思考で考えるとどんどんと悪い方向へ行ってしまいますが、プラス思考で考えるためにお加持でパワーを頂戴することは大切なことだと感じました。

観音様のご慈悲~戸津説法拝聴~

8月も本日で終了です。今年は暑くもありましたが、同時に豪雨の多い8月でした。
昨年もご紹介しましたが、天台宗では毎年8月21日から25日に掛けて琵琶湖畔の東南寺(とうなんじ)というお寺で戸津説法(とづせっぽう)という法華経を高僧が説く会が開かれています。(今年の様子はこちらをご覧ください。)
本年の説法師は京都府亀岡市の穴太寺のご住職の穴穂行弘大僧正様でした。穴太寺は本ブログでもご紹介したことがある通り、西国観音霊場の第21番札所です。観音経(妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五)を説法された第4日目に伺うことができなかったのが残念だったのですが、他の日のご説法を拝聴して、本年も新たな発見がありました。
穴穂大僧正様は長い歴史のある穴太寺を護ってこられたこともあり、受け継いだものを後世に引き継ぐということに注力されておられることが分かりました。特に昨年の台風に際して、事前に手入れをしていた境内の木々はお堂に影響を与えることは無かったけれども、大丈夫だろうと思っておられたお庭の木が塀を壊してしまう結果となったことを反省しておられました。「物が壊れる」ということを残念に思っておられる面もあるかと思いますが、それ以上に歴代のご住職様への申し訳なさというものを感じておられるように思いました。脈々と引き継がれてきたものを護っていくことは大変なことなのだと感じました。
【今回の記念色紙】
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お説法の5日間の天候は大雨が降ったり、一転して快晴であったりと目まぐるしく変わりました。ただ、例年に比してそれほど強烈な暑さを感じなかった5日間でした。このお説法の天候に触れ、私は観音経の一節を思い出しました。「澍甘露法雨 滅除煩悩焔(観音さまのお慈悲は甘露の法雨となって降り注ぎ、私たちの燃え盛る煩悩の火焔を滅して除いてしまう)」という一節です。観音様にずっと仕えてこられた穴穂御住職様のご功徳が天候に現れたのかなぁ、と感じました。
法華経を学ぶというのは極めて難しい大変なことでありますが、こういったお説法を聞くと、法華経は難しいものではなく身近なものなのだと感じました。

飯室谷不動堂・地蔵盆と放生会

本日、近畿地方は雨天でした。暑さが少し和らいだように思います。
本日、私は比叡山飯室谷不動堂で行われた地蔵盆と放生会にお参りしました。雨天でしたので、回向三昧堂の中から法要が行われました。
【回向三昧堂】
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【回向三昧堂の中から地蔵堂を臨む】
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【地蔵堂】
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法要の後に雨が落ち着くまでの間、大阿闍梨様から法話がありました。お地蔵様という仏様は私たちの傍らに寄り添って下さる仏様ということです。そして安全な方へと私たちを導いてくださるそうです。この法話を拝聴して、不動明王様やお地蔵様という仏様は私たちの安全を守って下さる優しい仏様なのだなぁ、と感じました。ご利益(りやく)というと「何も起こらない(無事)」ことなのだと思いますが、この「無事」であることがどれほどありがたいことなのかを改めて感じました。現在でも道を歩いているだけなのに突然車に轢かれて亡くなるなどということが実際に起こります。家から出掛け、その日無事に帰宅できることがどれだけありがたいことなのか、感謝しなければならないと思いました。
【放生会で稚魚を放流した池】
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その後、私たちが日々いろいろな命を頂いて生きていることに感謝し供養するための放生会が行われました。鯉の稚魚を池に放流しました。大阿闍梨様のお話によると全ての稚魚が生き残るわけではないそうです。鳥に食べられたり、池の中での競争に生き残れなかったりする稚魚もいるそうです。ただ、体が小さくとも果敢に餌に飛びついていく稚魚は生き残っているそうです。生きるために一生懸命であることが大切なのだと教わりました。
【御牘】
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御牘(おふだ)を頂いて帰宅しました。日々生きていることに感謝しなければならないと感じたお参りでした。

他国の人から見た日本の習俗

炎暑の中、皆様体調はいかがでしょうか?
お盆の時期を初めて日本で過ごした中国人の友人に「日本の仏教は特殊ですね。」と言われて、少し驚いてしまいました。普段はあまり熱心な信仰者ではないような人々が突然地元に帰ってしまって、彼の住んでいるアパートは彼くらいしか残っていないのではないだろうか、と思ったそうです。地元に帰った理由は「お盆休み」ということで、「これは仏教の行事ではないですか!?」と不思議そうな連絡をしてきました。
確かに不思議ではありますが、日本人の仏教への接し方について、私は以前お示ししたようにカレーライスやナポリタンと言った日本で生み出された料理への接し方に似ていると感じています。
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彼と先日学業増進を目的に北野天満宮へ行きました。天神様へのお参りの後、参道を歩いて参道脇の東向観音寺へと向かいました。
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東向観音寺は菅原道真が太宰府で自ら刻んだ観音像をご本尊としています。神道である北野天満宮の中に仏教寺院があることに彼は極めて驚いていました。彼の驚きの原因は「神道と仏教がよく共存できたなぁ」ということのようでした。明治時代より以前は仏教と神道は厳密な区別もなく、ふんわりとした形で一緒に信仰されており、今のように仏教と神道が大きく区別されることの方が新しい考え方なのだということも伝えました。
私達が当然のことと思っている日本の文化や習俗は世界の人々にかなりの驚きをもって受け止められているのだということが今回よくわかりました。いろいろな人とボーダレスに交流していくことの大切さを感じました。

合掌の心

大変暑くなりました。いかがお過ごしでしょうか?
手を合わせることは感謝の気持ちとして大変大事なことだと思います。食事の前後や人にお礼をいう時など、よく手を合わせることがあります。
こういった手を合わせることも、幼いころの教育や習慣が大切なのだと思います。先立ってお世話になった信貴山朝護孫子寺の成福院様では幼稚園児のお泊り保育で貫主様が「右手が”がっ”、左手が”しょう”、合わせて”ポン”、いただきます」と教えておられることが分かりました。
【ご指導の様子】
ご指導の様子はこちら
【毘沙門天王様】
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多くの人が無意識にしていることですが、こうやって教えてもらえると子供にとっては有難いなぁ、と感じました。「三つ子の魂百まで」と言いますが、幼い頃に良い教えを受けることの大切さがわかった気がします。

般若心経奉讃文

祇園祭も山鉾巡行が終わり、四条寺町に御祭神様が御旅なさっておられます。
六月に毎年比叡山の回峰行者の方々が「京都切廻り」をなさいます。京都の神仏を巡り拝む行(ぎょう)です。千日回峰行の場合には「京都大廻り」といって、2日掛けて廻られますが、例年は1日で廻るものを2週連続でなさいます。
その道中では寺院だけでなく、神社でもお勤めをされます。八坂神社や北野天満宮も含まれます。多くの場合、般若心経をお唱えされます。「何だか不思議だなぁ」と思ってはいましたが、あまり深く考えては居りませんでした。
【京都大廻りの様子】
先日、信貴山にお参りした際に、『信貴山毘沙門天王勤行式』という経本を買い求め、電車の中などでパラパラと読んでおりました。そこで初めて「般若心経奉讃文」というものを知りました。真言宗でよく唱えられるものとのことです。
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抑も般若心経と申す御経は、文字の数僅か二百六十余文字なれど釈迦御一代の経即ち天台­経、毘慮舎那経、阿含経、華厳経、方等、般若、法華経等一切七千余巻より選み出された­る御経なれば、神前にては寶の御経、佛前にては花の御経、況して家の為、人の為には祈­祷の御経なれば声高々と読み上ぐれば上は梵天・帝釈・四大天王・日本国中大小神祇・諸天善­神・諸大眷属に至る迄、哀愍納受して我らの所願を成就せしめ給うべし。謹んで読誦し奉­る。
目から鱗でした。「神前にては寶の御経、佛前にては花の御経」とは知りませんでした。昔は御朱印(納経印)を頂く際に、寺院でも神社でも般若心経を写経して納めていたと聞いたことがありましたが、そうか般若心経とは神仏双方で用いることのできる万能なお経なのだと分かりました。
先立って、高僧の方と共に般若心経をお唱えする機会がありましたが、深く考えず読誦してしまい何とも申し訳なかったなぁ、と反省いたしました。仏様の教えを色々な所から学べるのはありがたいことです。神仏に感謝すると同時に列祖への感謝も忘れずに居たいと思いました。

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