春は花 | 念珠のこと、仏教のこと、京都のこと

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春は花

赤山禅院へちま加持

本日9月13日は本年の仲秋の名月の日です。
節句もいろいろありますが、奇数の重なる日、つまり割り切れない日は気(パワー)が強いと考えられ、様々な節句があります。


1月1日:元日
1月7日:人日じんじつ の節句/七草
3月3日:上巳じょうし の節句/桃の節句
5月5日:端午の節句/菖蒲の節句
7月7日:七夕しちせき の節句/笹の節供
9月9日:重陽ちょうよう の節句/菊の節句


こうした節句を経て、季節が移り替わると考えられてきたのです。結構面白い考えだと思います。ちなみに節分(2月3日)は2月4日から新節(新年)が始まるので、その前日で2月3日です。2月4日は2も4も偶数ですので、気(パワー)が一番弱いためにこの日になったのだと考えられます。(2月2日にすると、前日が2月1日となり、御朔日[月の始まりの日]を大事にする考えとそぐわない為、2月3日が節分になったのではないかと思います。勿論、太陽の位置を基準に考えられていたので、数字だけが大切なわけではないのでしょう。)
さて、本年は本日9月13日が仲秋の名月でしたので、その日に併せて赤山禅院でへちま加持が行われました。へちま加持とは「ぜんそく封じ」といわれるものです。医学では治癒できない病気を比叡山の大阿闍梨様のお加持によって「気を整える」効用があるのと考えられています。
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私は今年初めて参列しましたが、平日にもかかわらず多くの参拝者が居られました。
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頂戴したへちまを土に埋めて、21日間毎日お参りすると1年間無病息災に過ごせるとのことです。
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「病は気から」と言いますが、病気の方々が大阿闍梨様のお加持を受けて、気を整えることで病から回復するというのは、科学的にはどうなのかは分かりませんが、首肯できることだと感じました。何事もマイナス思考で考えるとどんどんと悪い方向へ行ってしまいますが、プラス思考で考えるためにお加持でパワーを頂戴することは大切なことだと感じました。

伊根湾遊覧

遊びと仕事は紙一重です。私はいろいろな所へ行くことがありますが、それは遊びと言えば遊びになるし、仕事と言えば仕事となるし、捉え方次第です。「傍から見るといつも遊んでいるように見えるのだなぁ」と強く感じたのですが、それも捉え方の一つなのでしょう。
先週、京都府の北部の伊根町へ行きました。京都府の漁獲高の半分以上を占める漁港です。「伊根の舟屋」で有名な町です。
【伊根の舟屋】
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【遊覧船からみた海】
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遊覧船に乗って伊根湾を眺めました。伊根湾に浮かぶ青島(あおしま)には蛭子神社があると遊覧船で解説が流れていました。伊根の漁民にとっては神聖な島とのことです。
【青島】
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【丘の上から伊根湾を臨む】
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この神聖な島は嘗て舞鶴鎮守府に買い上げられて軍事利用された過去があります。舞鶴から車で伊根まで移動するのは約1時間半ほどかかりますが、船であればより早く到着できるのでしょう。
旧日本海軍の史料や旧跡などを見ていると、神社に関係するものをよく目にします。海上での安全はやはり祈りが必要だったのだなぁ、と感じます。日本の神話に登場する海の神「ワタツミ」への信仰と何か関係しているのでしょうか?
信仰というのは安全や必勝というものから生まれてくるものであり、何とも不思議な感情であると感じました。科学が発展した今日であっても信仰が存在するのは、物事の捉え方には多様な面があることの証左かもしれません。不思議な感覚を覚えた一時でした。

観音様のご慈悲~戸津説法拝聴~

8月も本日で終了です。今年は暑くもありましたが、同時に豪雨の多い8月でした。
昨年もご紹介しましたが、天台宗では毎年8月21日から25日に掛けて琵琶湖畔の東南寺(とうなんじ)というお寺で戸津説法(とづせっぽう)という法華経を高僧が説く会が開かれています。(今年の様子はこちらをご覧ください。)
本年の説法師は京都府亀岡市の穴太寺のご住職の穴穂行弘大僧正様でした。穴太寺は本ブログでもご紹介したことがある通り、西国観音霊場の第21番札所です。観音経(妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五)を説法された第4日目に伺うことができなかったのが残念だったのですが、他の日のご説法を拝聴して、本年も新たな発見がありました。
穴穂大僧正様は長い歴史のある穴太寺を護ってこられたこともあり、受け継いだものを後世に引き継ぐということに注力されておられることが分かりました。特に昨年の台風に際して、事前に手入れをしていた境内の木々はお堂に影響を与えることは無かったけれども、大丈夫だろうと思っておられたお庭の木が塀を壊してしまう結果となったことを反省しておられました。「物が壊れる」ということを残念に思っておられる面もあるかと思いますが、それ以上に歴代のご住職様への申し訳なさというものを感じておられるように思いました。脈々と引き継がれてきたものを護っていくことは大変なことなのだと感じました。
【今回の記念色紙】
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お説法の5日間の天候は大雨が降ったり、一転して快晴であったりと目まぐるしく変わりました。ただ、例年に比してそれほど強烈な暑さを感じなかった5日間でした。このお説法の天候に触れ、私は観音経の一節を思い出しました。「澍甘露法雨 滅除煩悩焔(観音さまのお慈悲は甘露の法雨となって降り注ぎ、私たちの燃え盛る煩悩の火焔を滅して除いてしまう)」という一節です。観音様にずっと仕えてこられた穴穂御住職様のご功徳が天候に現れたのかなぁ、と感じました。
法華経を学ぶというのは極めて難しい大変なことでありますが、こういったお説法を聞くと、法華経は難しいものではなく身近なものなのだと感じました。

飯室谷不動堂・地蔵盆と放生会

本日、近畿地方は雨天でした。暑さが少し和らいだように思います。
本日、私は比叡山飯室谷不動堂で行われた地蔵盆と放生会にお参りしました。雨天でしたので、回向三昧堂の中から法要が行われました。
【回向三昧堂】
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【回向三昧堂の中から地蔵堂を臨む】
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【地蔵堂】
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法要の後に雨が落ち着くまでの間、大阿闍梨様から法話がありました。お地蔵様という仏様は私たちの傍らに寄り添って下さる仏様ということです。そして安全な方へと私たちを導いてくださるそうです。この法話を拝聴して、不動明王様やお地蔵様という仏様は私たちの安全を守って下さる優しい仏様なのだなぁ、と感じました。ご利益(りやく)というと「何も起こらない(無事)」ことなのだと思いますが、この「無事」であることがどれほどありがたいことなのかを改めて感じました。現在でも道を歩いているだけなのに突然車に轢かれて亡くなるなどということが実際に起こります。家から出掛け、その日無事に帰宅できることがどれだけありがたいことなのか、感謝しなければならないと思いました。
【放生会で稚魚を放流した池】
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その後、私たちが日々いろいろな命を頂いて生きていることに感謝し供養するための放生会が行われました。鯉の稚魚を池に放流しました。大阿闍梨様のお話によると全ての稚魚が生き残るわけではないそうです。鳥に食べられたり、池の中での競争に生き残れなかったりする稚魚もいるそうです。ただ、体が小さくとも果敢に餌に飛びついていく稚魚は生き残っているそうです。生きるために一生懸命であることが大切なのだと教わりました。
【御牘】
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御牘(おふだ)を頂いて帰宅しました。日々生きていることに感謝しなければならないと感じたお参りでした。

他国の人から見た日本の習俗

炎暑の中、皆様体調はいかがでしょうか?
お盆の時期を初めて日本で過ごした中国人の友人に「日本の仏教は特殊ですね。」と言われて、少し驚いてしまいました。普段はあまり熱心な信仰者ではないような人々が突然地元に帰ってしまって、彼の住んでいるアパートは彼くらいしか残っていないのではないだろうか、と思ったそうです。地元に帰った理由は「お盆休み」ということで、「これは仏教の行事ではないですか!?」と不思議そうな連絡をしてきました。
確かに不思議ではありますが、日本人の仏教への接し方について、私は以前お示ししたようにカレーライスやナポリタンと言った日本で生み出された料理への接し方に似ていると感じています。
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彼と先日学業増進を目的に北野天満宮へ行きました。天神様へのお参りの後、参道を歩いて参道脇の東向観音寺へと向かいました。
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東向観音寺は菅原道真が太宰府で自ら刻んだ観音像をご本尊としています。神道である北野天満宮の中に仏教寺院があることに彼は極めて驚いていました。彼の驚きの原因は「神道と仏教がよく共存できたなぁ」ということのようでした。明治時代より以前は仏教と神道は厳密な区別もなく、ふんわりとした形で一緒に信仰されており、今のように仏教と神道が大きく区別されることの方が新しい考え方なのだということも伝えました。
私達が当然のことと思っている日本の文化や習俗は世界の人々にかなりの驚きをもって受け止められているのだということが今回よくわかりました。いろいろな人とボーダレスに交流していくことの大切さを感じました。

目に見えぬ物への感謝

お盆が近づいてきました。
弊社には幼いお子さんを育てながら勤務してくれている社員がおります。その内の1人のお子さんがディズニーの『美女と野獣』のヒロインのベルが大好きだという話を聞きました。私も嘗てアニメ版の『美女と野獣』を観た経験がありますが、記憶が曖昧でしたので、2017年に実写化された映画を観てみました。
お話の要旨は、「容姿にかかわらず”美しい”心を持つことの大切さ」を説いているものでした。確かに人は目に見える物事で判断してしまいます。それが至極当然な姿だと思います。しかし、それではいけない、ということを訴えかけている映画でした。
この映画を観て、現代の我々は目に見える物に囚われすぎていて、目に見えない物への感謝を忘れてしまっているのだということを感じました。目に見えない物とはすなわち「列祖への感謝」であります。今私たちが生きているのはご先祖樣方が居られたからこそなのです。勿論直接会ったことのないご先祖様は沢山居られますが、それでもそういったご先祖樣方への感謝を忘れてはならない、と感じます。
お盆を目前にして「目に見えぬ物の大切さ」を痛感した映画鑑賞となりました。

合掌の心

大変暑くなりました。いかがお過ごしでしょうか?
手を合わせることは感謝の気持ちとして大変大事なことだと思います。食事の前後や人にお礼をいう時など、よく手を合わせることがあります。
こういった手を合わせることも、幼いころの教育や習慣が大切なのだと思います。先立ってお世話になった信貴山朝護孫子寺の成福院様では幼稚園児のお泊り保育で貫主様が「右手が”がっ”、左手が”しょう”、合わせて”ポン”、いただきます」と教えておられることが分かりました。
【ご指導の様子】
ご指導の様子はこちら
【毘沙門天王様】
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多くの人が無意識にしていることですが、こうやって教えてもらえると子供にとっては有難いなぁ、と感じました。「三つ子の魂百まで」と言いますが、幼い頃に良い教えを受けることの大切さがわかった気がします。

般若心経奉讃文

祇園祭も山鉾巡行が終わり、四条寺町に御祭神様が御旅なさっておられます。
六月に毎年比叡山の回峰行者の方々が「京都切廻り」をなさいます。京都の神仏を巡り拝む行(ぎょう)です。千日回峰行の場合には「京都大廻り」といって、2日掛けて廻られますが、例年は1日で廻るものを2週連続でなさいます。
その道中では寺院だけでなく、神社でもお勤めをされます。八坂神社や北野天満宮も含まれます。多くの場合、般若心経をお唱えされます。「何だか不思議だなぁ」と思ってはいましたが、あまり深く考えては居りませんでした。
【京都大廻りの様子】
先日、信貴山にお参りした際に、『信貴山毘沙門天王勤行式』という経本を買い求め、電車の中などでパラパラと読んでおりました。そこで初めて「般若心経奉讃文」というものを知りました。真言宗でよく唱えられるものとのことです。
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抑も般若心経と申す御経は、文字の数僅か二百六十余文字なれど釈迦御一代の経即ち天台­経、毘慮舎那経、阿含経、華厳経、方等、般若、法華経等一切七千余巻より選み出された­る御経なれば、神前にては寶の御経、佛前にては花の御経、況して家の為、人の為には祈­祷の御経なれば声高々と読み上ぐれば上は梵天・帝釈・四大天王・日本国中大小神祇・諸天善­神・諸大眷属に至る迄、哀愍納受して我らの所願を成就せしめ給うべし。謹んで読誦し奉­る。
目から鱗でした。「神前にては寶の御経、佛前にては花の御経」とは知りませんでした。昔は御朱印(納経印)を頂く際に、寺院でも神社でも般若心経を写経して納めていたと聞いたことがありましたが、そうか般若心経とは神仏双方で用いることのできる万能なお経なのだと分かりました。
先立って、高僧の方と共に般若心経をお唱えする機会がありましたが、深く考えず読誦してしまい何とも申し訳なかったなぁ、と反省いたしました。仏様の教えを色々な所から学べるのはありがたいことです。神仏に感謝すると同時に列祖への感謝も忘れずに居たいと思いました。

「まことのこころ」を

雨が降ったり、曇ったりとなかなかスッキリしない天候が続きます。ただ、だんだんと暑くなってきました。
夏に涼むための団扇を毎年円覚寺様から頂きます。そこには青松軒老大師様揮毫の絵とお言葉が印刷されております。
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今年の団扇は「月 天にあり」でした。布袋尊が月を指し示す絵が添えられています。
これは「指月の譬(たとえ)」という禅の教えが出典だと思います。「仏の教えとは何ですか?」「人が生きる意味とは?」などといった大きな命題を問おた時、賢人が月を指さした、という逸話があります。普通の人は賢人の「指」を見てしまうけれども、大切なのは指し示した「月」なのだよ、ということを教えてくれています。
お経やお説教などに触れ、また立派な高僧と接するなど、普通の人はお経や高僧に対しての信奉を深めます。しかし、大事なのはそういったお経や高僧が説く「仏の教え」なのだ、そこを忘れてはならない、ということを教えてくれているのです。
一昨年の団扇には「見えなくとも そなえたい まことのこころを」とありました。世の中の真理など、肝心な部分である「まことのこころ」をしっかりと捉え直すこと。この夏に月を眺めるたびに「まことのこころ」の肝要さを意識したいと思った贈り物でした。

信貴山毘沙門天王御出現大祭

七月に入ってやっと梅雨らしい天候になりました。
私は信貴山毘沙門天王御出現大祭にお参りするために7月3日に信貴山朝護孫子寺へ行きました。
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聖徳太子の戦勝祈願の折に毘沙門天王が寅年、寅日、寅の刻にご出現されたことに因んで、毎年7月3日の寅の刻(午前3時~午前5時)に行われています。
午前3時の法要ということで宿坊に泊めていただきました。
【今回お世話になった成福院さま】
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毘沙門天王さまのお誕生日のお祝いといったところでしょうか?午後8時ごろから朝護孫子寺の3つの塔頭、そして本山を挙げて護摩供養や大般若祈祷など様々な法要が執り行われていました。
【開運橋から最初にくぐる鳥居】
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【成福院さまにつながる参道】
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【日が暮れてから本堂に繋がる参道】
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【本堂で年に一度開扉される御本尊様】
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【午前0時ごろに千手院さまから本堂へのお練り】
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私は結局一晩中、信貴山のいろいろな所へ行って、様々な法要を垣間見ました。夜通しの法要というのは初体験でしたが、毘沙門天王様のお誕生日を盛大にお祝いしているようで楽しく過ごしました。
勝ち運がつくなどいろいろなご利益があるそうですが、ご利益云々より個人的には開扉されたご本尊様を眼前で拝することができたことがありがたいと思いました。毘沙門天王功徳経にある御姿を為さっておられて、菩薩さまや如来さまとは違った力強い印象を受けました。
御本尊様を拝して、個人的には安田念珠店のお蔭を以ていろいろなお寺様にお参りできることに感謝の念を持った一晩でした。

安田念珠店

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