春は花 | 念珠のこと、仏教のこと、京都のこと

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春は花

明治神宮参拝

桜の季節が過ぎ去る前に、桜の写真を何枚か載せたいと思います。
【吉田山の桜】
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【待兼山の桜】
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【六甲台の桜】
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京阪神の三都を巡ってみました。
少し時期は遅いですが、私は「名残」が好きで、時期が遅れて咲く桜に趣を感じます。
では、今の都である東京の桜をご紹介します。
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先週、私は明治神宮に参拝致しました。最近刊行が続いています『昭和天皇実録』には明治神宮が鎮座された日(正確には鎮座は11月1日。)に次のような記述があります。
大正九年十一月二日火曜日
午前八時三十分御出門、御参内になる。九時、公式鹵簿にて宮城を御出門、明治神宮鎮座祭に天皇御名代として御参拝のため、官幣大社明治神宮に行啓される。明治神宮造営局副総裁床次竹二郎の先導にて神前に進まれ、本殿階下において御拝礼になり、宮司公爵一条実輝の奉仕により、玉串を供えられる。十時神宮を御発、再び御参内になり、天皇に復命される。ついで御内儀において皇后と御談話になり、十一時ニ十分宮城御出門、御帰還になる。
『昭和天皇実録 第二』(東京書籍、2015年)640ページ
ここでは、当時の皇太子 裕仁親王殿下(後の昭和天皇)が明治神宮鎮座祭に御参拝された様子が記述されています。ちなみに、明治天皇と昭憲皇太后の御陵(お墓)は京都・伏見の桃山御陵です。
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1920年に鎮座されましたので、2020年、東京オリンピックの年が鎮座100年なんですね。今は鎮座100年に向けて本殿の改修工事がなされていました。
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明治天皇は和歌を沢山詠まれており、明治神宮ではおみくじではなく明治天皇の御製歌(大御心〔おおみごころ〕と呼ばれています。)が引けます。大正天皇は漢詩を、昭和天皇は和歌を沢山詠まれておられます。
私は和歌が好きで一首詠みました。
尋ね入る 代々木の杜に 櫻花舞ひ
大御心を 拝し祀らん
春は花――本ブログのタイトルも道元禅師の和歌から拝借しております。上の歌も道元禅師の有名な歌から一部拝借しております。和歌はなかなか良いものだと感じます。
今日は桜の写真をお届けしました。

「念珠」の「珠」について(その2)

今回も前回の続きです。念珠の「珠」について考えていきます。
前回、「珠」とは「皆様の中の佛が表出したもの」と書きました。ここで私が「佛」と書いたことに疑問を抱かれた方もおられるのではないでしょうか?
というのも、「佛」といえば「仏陀」や「お釈迦様(釈迦牟尼佛)」のことを想起される方が多いのでは、と考えるからです。
確かに、お釈迦様は悟りをひらかれて仏陀(=悟りの境地に達した者。覚者。)となられました。ですから、「佛」と聞いてお釈迦様を連想なさることは間違いではありません。ただ、「佛」とは唯一絶対のものではないのです。
以前ご紹介した禅画で有名な白隠禅師が坐禅和讃というものを残されています。全文はこちらをご覧ください。坐禅和讃は「衆生本来佛なり」から始まり、「この身即ち仏なり」で終わります。
「衆生本来佛なり」とは「みんな仏さま」と解釈すると分かりやすいです。
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そして、「この身即ち仏なり」とは、その通り「この身がそのまま仏さまなのです。」と解釈できます。
お釈迦さまは2000年以上前の方ですが、生まれた時から仏様ではありませんでした。悟りをひらかれて、多くの説法をなさいました。それがお経や仏典として遺っています。私の想像ですが、悟りをひらかれたお釈迦さまが多くの説法をなさったのは、誰でも仏となる可能性がある悟りをひらくことが可能!)と感じられたからではないでしょうか?
皆は気付いていないかもしれないけれど、実は皆の中には仏さまが居るのだよ。」――――そんな風に仰っておられるように私は感じ、想像しております。もちろん、私個人の勝手な想像ですので間違っているかもしれません(笑)
ですが、白隠禅師の坐禅和讃を読んでも、そういった意味合いが読み取れますので、あながち間違ってはいないかもしれないとも思います。


お念珠を長く使い続けて頂くと、皆様の中にある「佛」が表出する。自らが気付いていない自分をお念珠を通して気付くことができるかもしれない。これが弊社が「念珠」という言葉にこだわり続ける理由だと考えております。

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人はみな仏である――白隠禅師坐禅和讃・一転語

著者:朝比奈宗源 
出版社:春秋社
発売日: 2011/05/20
メディア: 単行本(ハードカバー)
参考URL:http://www.shunjusha.co.jp/detail/isbn/978-4-393-14421-3/
(春秋社)

 

「念珠」の「珠」について(その1)

さてさて、しばらく間が開きましたが、「念珠」について1文字ずつ考えることの続きを綴ってみたいと思います。
今日は「珠」という字についてです。「珠」という字を普段あまり使うことはないと思います。恐らく最もよく知られた単語は「真珠」ではないでしょうか?
「珠」を辞書で引くと次のように書かれています。
1.(水中で産する)丸いたま。しんじゅ。また、美しく、立派なものを形容することば。
2.真珠のように丸いもの。
『goo国語辞書』より
ふむふむ。つまりは、美しいものを指した言葉なんですね。しかし、「珠」は単に「美しい」だけではありません。
仏教の数多ある経典の中に『妙法蓮華経』というお経があります。一般には『法華経』として知られています。「南無妙法蓮華経」と毎日唱えておられる方には馴染み深いお経です。
『法華経』の中にはお釈迦様が分かりやすく喩え話をして下さっている部分があります。「7つのたとえ話」として知られているかもしれませんが、今回はそのうちの一つ「衣裏珠(えりじゅ)のたとえ」をご紹介します。
とある貧乏な男が金持ちの親友の家で酔って眠ってしまいました。金持ちの親友は、用事があって男が眠っている間に出かけなければならなくなりました。そこで彼の衣服の裏に高価で貴重な宝珠を縫い込んで出かけました。男はそれとは知らずに起き上がると、友人がいないことから、また元の貧乏な生活に戻り他国を流浪し、少しの収入で満足していました。時を経て再び親友と出会うと、親友から宝珠のことを聞かされ、はじめてそれに気づいた男は、ようやく宝珠を得ることができました。
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(上の画像の書は、京都・花園妙心寺塔頭・霊雲院住職の曇華室 則竹秀南老師様の揮毫された書です。)
このたとえ話は、無上の宝(つまり「佛」)を身に付けているにも関わらず、それを自覚せずに低い悟りで満足していることへの、お釈迦様の弟子達の反省と感謝のこもったのたとえ話です。
真珠は生きた貝(アコヤガイなどが有名です。)の中に異物が入り、それが核となってあの美しい珠が出来上がります。
人も同じです。中身に実は素晴らしいものを持っています。そして、その人それぞれの経験や環境によって、その人独自の「珠」が出来上がって行くのではないでしょうか?
弊社の扱うお念珠には価格が様々あります。もちろん、高いお念珠をご購入頂くことはありがたいことなのですが、どんな価格のお念珠であっても、長く使い続けて頂きたい――これこそが弊社の最大の願いであります。
それによって、皆様それぞれの「念(=今を精一杯生きる心)」が入り、美しい「珠(=皆様の中の佛が表出したもの)」となる。これはお金では買えない、かけがえのない価値だと私は考えております。
今回は、「法華経」を手がかりに「珠」について考えてみました。「珠」については次回も取り上げてみたいと思います。

画でみる仏教

「日本の文化」を象徴するものとしては、アニメがあります。手塚治虫作品にジブリ作品、最近では『君の名は』や『この世界の片隅で』などもあります。
「日本最初のマンガ」と呼ばれるのは、京都・栂尾山高山寺(とがのおさん こうさんじ)の「鳥獣人物戯画」です。正確には分かりませんが、鎌倉時代の作品とのことですから、おおよそ800年ほど前のものなのですね。
そんな前から、日本では「絵」が描かれていました。そして「絵」は仏教の布教のために使われたのです!
その代表的なものが「禅画」と呼ばれるものです。昨年は臨済禅師1150年遠諱、白隠禅師250年遠諱を記念して京都と東京の博物館で展覧会が開かれました。実は弊社も、昨年の本店改装前にはずっと禅画を本店に掲げておりました。
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上の画像のものがその禅画です。「布袋解開」と呼ばれています。弊社が掲げていました画は、もちろん複写された画ではありますが、白隠禅師 の描いた布袋さんです。布袋さんが開いた袋から「壽」という字が読み取れるかと思います。この「壽」という字は「ことぶき」とも読めますが、「いのちながし」とも読めます。「いのちながし」とは、『論語』に出てくる「仁者壽(じんじゃ、いのちながし)」が出典です。「いのちながし」とは「長生きをする」という意味ですから、「ことぶき」でも「いのちながし」でも招福の意味があるように私は感じております。
私自身、何となくこの禅画を眺めてきたのですが、最近になってこの画を分かりやすく解説して下さった本が出版されました。『画題でみる禅画入門――白隠・仙厓を中心に』という本です。(詳細は本記事の最後をご覧下さい。)
茶の湯の床の間には最初、詩画軸(しがじく)が掛けられたと言われています。現存する最古のものは、大阪・藤田美術館所蔵の「柴門新月図(さいもんしんげつず)」〔国宝〕です。こちらをご覧いただければお分かりの通り、水墨画の上に文字が沢山書いてあり、十分な知識がないと太刀打ちできそうにないものですね。
その後、佗茶(わびちゃ)を大成した千利休が「圜悟(えんご)の墨蹟 」を大切にしたことから、茶の湯では禅僧の墨蹟が重用されるようになったのです。
白隠禅師は布教の為に達磨、布袋、釈迦などの画を描きました。約一万点にも上る禅画がある白隠禅師ですが、年齢を重ねることに画にも変化が生じているそうです。(例えば、本書45~50頁参照。)いろいろな発見がある本です。
いろんなことを書きましたが、何よりも面白い!とか可愛い!などと思うことに禅画は魅力があります。それがきっかけとなり、仏教への興味が湧いていくかもしれません。
この本には白隠禅師だけでなく、禅画の雄である仙厓和尚についての解説もありますから、是非この本をお手に取られることをお薦め致します。
本日は禅画を題材にお話をしてみました。

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画題でみる禅画入門――白隠・仙厓を中心に

著者:浅井京子 
出版社:淡交社
発売日: 2017/03/21
メディア: 単行本(ソフトカバー)
参考URL:画題でみる禅画入門
(淡交社)

 

神様の使い

街を歩いておりますと、犬を散歩しておられる方に遭遇することがあります。先日、私は緑の豊かな土地へ赴きましたが、そこで牛や豚などいろいろな動物を間近に見ることができました。この世は、人と動物とが共生しているのですね。
先週ご紹介した神使(しんし)という概念は、これまでの本ブログの中でも既に登場しておりました。先週の宮島・厳島神社における「鹿」、そして伏見稲荷大社における「狐」です。
「神使」という名の通り、神様の使者ですからこれは神道の概念です。しかしながら、仏教寺院の中に神使が居るお寺様がございます。それは、奈良県の生駒にあります信貴山(しぎさん)の朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)です。
昨年最後の本ブログの記事で、仏教が日本に伝来した当初排斥された例として、聖徳太子が皇子の時代に起きた蘇我氏物部氏争いをご紹介しましたが、信貴山は、伝承によると、寅の年、寅の日、寅の刻に四天王の一である毘沙門天が聖徳太子の前に現れた場であり、毘沙門天の加護によって物部氏に勝利したため、戦いの後に毘沙門天を本尊に聖徳太子がお寺を開基したと言われています。朝護孫子寺様のご本尊はそれ故に毘沙門天様です。
この「寅の年、寅の日、寅の刻」というのは、以前ご紹介した年・月・日・時間の十二支のことです。例えば、本日2017年3月28日は酉の年、卯の月、寅の日です。(今回の記事は寅の日に合わせて更新したかったのです!)
こういった経緯から、朝護孫子寺様では仏教寺院ではある者の寅が守り神として祀られています。
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日本の神話だけでなく、ギリシア神話でも動物が神の意思を伝えることは多々ありますが、仏教寺院での神使は非常に珍しい存在です。これが日本古来の「暦(こよみ)」(十干十二支を年・月・日・時間に組み込んだもの。このすべての組み合わせが一周する〔かえ る〕ことを還暦といいます。)に由来するものであるというのは、仏教がその伝来当初から日本の文化と密接に関わっていた証左ではないでしょうか?
今回は、神使と干支の関係について考えてみました。

宮島参詣

本ブログは「春は花」という名ですが、春の花と言えば桜ですね。昨日、私は清浄華院様へお詣りに参りました。春分の日、つまり3月20日に桜が咲いておりました。この桜は「蜂須賀桜」というそうです。詳しくは清浄華院様のホームページをご覧ください。
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さて、この1か月ほど、縁あって私は全国のお寺様にお詣りをさせて頂いております。本日はそのうちの1つをご紹介させていただきます。
日本三景」というと、松島(宮城県)、天橋立(京都府)、そして宮島(広島県)の3つのことを指します。今回ご紹介するのは宮島です。
【海から臨む鳥居】
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【宮島から臨む鳥居】
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宮島というと、イメージは厳島神社、牡蠣(毎年2月の「宮島かき祭り」が有名ですよね!)といったところでしょうか?厳島神社は「海に浮かぶ神社」として世界的に有名で、UNESCOの世界文化遺産にも登録されています。昨年のG7外相会議でも出席した各国外相がここに赴きました。(詳細はこちら。)
宮島(正式名称は厳島)には、厳島神社だけでなく、仏教寺院もあります。大聖院というお寺で、このお寺の開基(お寺を開いた僧侶)は、何とあの弘法大師・空海様なのです!(伝承によるもので、記録はなく真偽は不明です。)
【仁王門】
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【御成門】
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【御成門から鳥居を臨む】
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【勅願堂】
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明治以前は、仏教と神道は習合していましたから、厳島神社と大聖院が別のものというわけではなく、一体のものとして、島全体が信仰の対象となっていたのです。
宮島を歩くと、鹿があちらこちらに居ります。これは鹿が神使(しんし)であることに由来します。この神使という考え方は、神道と仏教を超えて様々なところで見て取れます。次回は、鹿ではなく別の生き物を神使とするお寺様をご紹介することにいたします。
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本日は、春の訪れをお知らせしつつ、宮島参詣をご紹介しました。

お彼岸にできること

もうすぐ春分を迎えます。本格的な春なのですね。
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さて、昨日3月17日は「彼岸入り」でした。春分の日(3月20日)を中日とし、7日間を「彼岸」と言います。従って、「彼岸明け」は3月23日となります。
「彼岸」という言葉は、仏教用語「波羅蜜」に由縁する言葉らしいのです。「波羅蜜」というと、六波羅蜜寺を連想される方や、「摩訶般若波羅蜜多心経」(通称:般若心経)にも入っているなぁ、と思われる方もおいでになると思います。では、この「波羅蜜」とは何なのでしょうか?
これを非常に分かり易く解説された文章の一部がネット上に公開されています。
こちらをご覧ください。→Click here
これは、「天台宗 一隅を照らす運動」の会報『きらめき』45号(2016年7月発行)に掲載された姫路市・書冩山圓教寺長吏 大樹孝啓探題様のご寄稿の文章です。ここに掲載されている書を抜き出してみると以下の通りです。
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六行(ろくぎょう) 在家の菩薩道

布施(ふせ) 人を大事に自分は後に
持戒(じかい) 自分で自分を戒める
忍辱(にんにく) 欲心に耐える強い心
精進(しょうじん) 真剣に続ける努力
禅定(ぜんじょう) 心も身体も静かに瞑想
智慧(ちえ) 慈悲深い正しい考え
(「六行」とは「六度万行」の略であり、「六波羅蜜」と「六度万行」とは同じことを指します。)
非常に分かり易いです。何だか、これならできそうな気がします。う~ん、それでもよくよく見るとなかなか難しそうでもあります。
「波羅蜜」とは簡単に言うと、悟りの境地への徳目(項目)をお釈迦様がまとめて説いて下さったもの、なのです。「持戒」に関しては、前回ご紹介した内容があてはまります。
お彼岸はお墓参りをする期間と思われている方が大勢居られるように感じます。お墓参りをすることも絶対的に大事なことではあるのですが、今を生きている私たちが「菩薩」になることを考える期間でもある、と私は考えています。
お彼岸にお墓参りに行かれる方も居られることと思います。お墓参りに行かれる方は勿論、お仕事のためにお墓に赴くことのできない方々も、この1週間は「六行」を胸に抱かれてみるのも良いかもしれません。


※弊社は「一隅を照らす運動」に参加しております。詳しくはこちらのパンフレット(PDFファイルです)の10ページをご覧下さい。

慈しむ心

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最近の生活にはスマートフォンやタブレット端末が不可欠になっていますよね。私はどちらも持っておりませんが、とはいえパソコンに携帯電話などの電気製品は日々の生活に欠かせないものとなっています。
明日は東日本大震災から6年(7回忌)です。自然の恐ろしさを思い知った天災でしたが、東日本大震災はそれだけに止まりませんでした。私たちの生活に欠かせない「電気」とどう向き合うのかを真剣に考えねばならない契機となりました。
お釈迦様の教えに「五戒」というものがあります。
一、不殺生:生き物の命をあやめないように
二、不偸盗:人様の物を盗まないように
三、不邪淫:淫らな行いを慎むように
四、不妄語:うそ偽りを言わないように
五、不飲酒:お酒を飲まないように
の5つですが、「あれをするな、これをするな」というものではないのです。
一から四は「相手を傷つけないように」との教え、五は「お酒を飲んで相手を不愉快にさせるようなことがないよう、相手を思いやりなさい」との教えです。
このお話は、鎌倉・瑞鹿山円覚寺管長 横田南嶺老師様の法話集『戒のこころ』(鴻盟社:発行、非売品)に掲載されたお話です。
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会ったことのない人であっても、私たちは衣食住すべてのことで誰かに支えられています。その誰かのことを思いやる(慈しむ)機会が毎年の3.11なのではないか、と私は考えています。過去のこと、遠い土地のこと、などと思わずに私たちの生活を支える誰かを思いやる(慈しむ)気持ちを育めれば良いと願っています。

午の日のお詣り

今年は平成29年。同時に酉歳なので、唐揚げやフライドチキンなどの鶏肉(酉と29[にく])のフェアが開催されていたりします。私もその恩恵に浴して、鶏肉を沢山頂きました(笑)
「酉歳」と云うように日本人にとって干支は馴染み深いものです。実は、年だけではなく、日にも月にも干支があります!一般にも馴染み深いのは「土用の丑の日」で、その日に鰻を食べる方が多く居られます。
先週の金曜日(2月24日)は午の日でした。私はその日、友人の御伴おとも をして伏見稲荷大社にお詣り致しました。
初午」の日にお稲荷さん(伏見稲荷大社)にお詣りするという習慣は、平安時代からあったようで、清少納言の『枕草子』にも登場します。(詳しいことが伏見稲荷大社のホームページに掲載されております。)
私がお詣りした2月24日は「二の午」の日でした。つまり、立春(2月4日)以降の二回目の午の日でした。ちなみに、今年の初午の日は2月12日でした。十二支ですから、12日前なのは当然ですね。
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伏見稲荷大社の御祭神は稲荷大神(いなりのおおかみ)様で、五穀豊穣の神様です。稲荷大神を構成する御柱の中心的な神様の宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)が白狐(びゃっこ)に乗られたそうで、御社の両側に狐が居られます。また、鳥居が朱色なのは稲荷大神様の豊穣の力を表すから、とのことです。
私は、弊社の家内安全をお祈りして伊奈利山を後にしました。
本日は、午の日のお詣りをご紹介いたしました。

春が来たら。。。

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寒い日が続きますが、2月も残り1週間を切りました。もうすぐ春がやって来ます。
今日は季節にあわせて「春」のお話です。
春は心地よい季節ですから「春爛漫らんまん 」といった言葉や、冬の時期のことを指すにもかかわらず「小春日和こはるびより 」といった言葉が昔から使われてきました。こういった言葉を耳にすると、暖かさをイメージしてしまいます。
禅の言葉(禅語)にも春の言葉があります。「春来草自生」という言葉です。読み下すと「春来たらば、草おの ずから生ず」もしくは「春来たって、草おの ずから生ず」となります
(右の画像の掛物は京都・龍寶山大徳寺管長・高田明浦老大師様が揮毫なさったものです。)
言葉そのままの意味を捉えれば「春が来ると草は自然と生えてくる。」という意味になります。当たり前のことのようですよね!?
この言葉をどう捉えれば良いでしょうか?私は次のように考えています。
草が生えてくるのは春になってからです。つまり、「春」という適切な時期ならばこそ草が生えるのです。夏や秋や冬では草は生えては来ません。
皆様方ご自身の身に置き換えて考えてみて下さい。会社でも、新入社員と入社10年目の社員ではできること、やるべきことが違います。例えば、新卒社員がいきなり一大プロジェクトのリーダーにはなれません。人にはそれぞれ、今の役割、適切な役割があります。「今を一生懸命に生きる」ことも、今の自分自身の能力と与えられた役割とを正しく認識してこそ可能なのではないでしょうか?
春の訪れを心待ちにしながら、今日は「春」について考えてみました。

※このブログは、多くの方々に念珠、仏教、京都に関心を持って頂くことを目的として、週に1回程度の頻度で更新して参ります。

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