春は花 | 念珠のこと、仏教のこと、京都のこと

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春は花

縁を紡ぐ

先日、自宅近くを歩いていたところ、お世話になっている先生に偶然お目にかかりました。大変お忙しい先生なのに、「こんなところで遭遇できるなんて!」と驚いてしまいました。
本当に”不思議”なことです。
「不思議」という言葉も実は仏教から来た言葉です。「摩訶不思議」といった方が仏教用語っぽく聞こえるかもしれません。「摩訶不思議」は「非常に不思議なこと」とも訳されますが、「人知〔=人の知恵〕を越えた(素晴らしい)こと」と私は理解しています。
先週「知恵」についてお話しました。「知恵」という言葉は「悪”知恵”」と使うこともあり、必ずしも良い意味だけで使われるわけではありません。『旧約聖書』の原罪の話も、人の知恵には限界があることを教えてくれています。
そこで重要なのが、「智慧」なのです。「智慧」とは、辞書によると「仏教の真理に即して、正しく物事を認識し判断する能力。」とか「事に当たって適切に判断し、処置する能力。」とあります。私は「先人たちの失敗から生まれた教訓」と理解しています。もしかすると、「智慧」は「失敗は成功の基」を難しくいったことと理解すれば良いのかもしれません。
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人と人の出逢いは偶然で不思議なものです。この「縁」は最初1本の糸ですが、何度も交流を重ねることで「縁の糸」が紡がれて行きます。人との縁を紡ぐのは、自分1人の限りある”知恵”を多くの縁によって”智慧”へと転換するためなのだと思います。
多くの人と交流を重ね「縁の糸」を紡いで行く――これが弊社の扱う念珠の象る形なのではないか!?
仏教の教えから生まれた商品の形について、こうした感想を私は抱いています。

”知恵”と向き合う

今日も暑さの中で「風」を感じました。6月の「風」は、「茶」を啜りながら感じる「松風」です。これは「萬壑松風供一啜 (ばんがくのしょうふう いっせつにきょうす)」が出典の「風」です。
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(上の画像の書は、愛媛宇和島の玉鳳山大乗寺の露香室・河野徹山老師様ご揮毫の書です。)


本日は『聖書』のお話をしようと思います。
『旧約聖書』の「創世記」という部分に出てくるアダムとエヴァがエデンの園という楽園から追放される神話をご存知の方は多いと思います。アダムとエヴァは神に楽園から追放されてしまいます。追放された理由は、アダムとエヴァが楽園に生えていた“知恵”の木の実を食べてしまったというものです。“知恵”が罪と捉えられているのです!
『旧約聖書』では、人間はすべてこのアダムとエヴァの子孫ですから、人間は皆この罪を背負って生きている、ということとなります。人を殺したり、物を盗んだりすることで負う罪は自分自身が犯した罪ですが、“知恵”の木の実を食べた罪は自分自身で犯した罪ではないので「原罪」と呼ばれています。人間である以上逃れることのできない罪です。
この神話の世界を離れて、現実の私たちに当てはめて考えてみましょう。何かに思い悩んでしまい、「もうこんなことを考えるのはやめよう!」と思っても、どうしてもそのことばかりを考えてしまう。皆様もこういった経験をお持ちではないでしょうか?私は1つのことをクヨクヨ思い悩むことが多く、自分で自分が嫌になってしまうことがあります。
そんな時に、小鳥のさえずりや蝶や動物などが自由にしている様子を目にすると、うらやましく感じることがあります。思い悩んだりしない動物の方が幸せなのではないか、と考えてしまうのです。こう考えると、やはり“知恵”は罪なのだと思います。
最近は科学技術の発達で便利なものがたくさん出てきています。しかし同時に、それに伴う問題もたくさん出てきています。一昔前、“知恵”は高貴なものでしたが、今では“知恵”が本当に高貴なものなのか疑問を持たれています。
「風」などの自然を感じながら「茶」を啜る。このような、自然と一体となることが私たちにとって今一度大切なのことなのではないかなぁ、とふと感じた一週間でした。

お茶の効用

皆さんは毎日のお食事の時に何を飲んでおられますか?いろいろな飲み物がありますが、やはり「お茶」が一般的な飲み物だと思います。煎茶にほうじ茶、抹茶や紅茶など、お茶にも様々な種類があります。
今年の5月に摘み取られた新茶を先日、私も頂戴しました。
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お茶は今では一般的な飲み物となっていますが、いつごろから飲まれるようになったのでしょうか?
天平17年(745年)、聖武天皇の時代に東大寺で大般若経を読んだ僧侶たちにお茶が与えられたという記録がありますから、奈良時代にはお茶は日本にあったようです。(立花實山『壺中爐談』)ただ、お茶が本格的に飲まれるようになったのは鎌倉時代のことです。そのきっかけとなったのは、千光国師・栄西禅師が中国(宋)からお茶の種を持ち帰って栽培を始めたこととされています。
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栄西禅師は『喫茶養生記』というお茶を飲むことの効用を説いた書物を遺されています。『喫茶養生記』は次の文言から始まります。
「茶は養生の仙薬であり、人の寿命を延ばす妙術を具えたものである。」
(右の画像の書は、この言葉を京都・東山建仁寺管長・小堀泰巖老大師様がご揮毫なさり、千眞工藝謹製の「2017年 日本の心 墨蹟日暦」に掲載されたものです。)
お茶を飲むことは健康によく、寿命を延ばしてくれる効果がある。こう書かれているのを読むと、日本人はお茶を飲むので長寿なのかもしれないとも思います。
『喫茶養生記』を読むと飲茶の効用がいろいろと書かれています。私は学ぶことがたくさんありましたが、ここに1つ付け加えたい効用があります。「ホッとする」という効用です(笑)
現在様々な健康法が氾濫していますが、お茶を普段から飲むことで病を予防できるのは、落ち着く、つまり「ホッとする」時間を持てる効果があるからではないかと思います。忙しい毎日の中でホッとする時間を持つ余裕。新茶の季節にこうした時間の大切さを感じました。

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栄西 喫茶養生記

全訳注者:古田紹欽 
出版社:講談社
発売日: 2000/09/10
メディア: 文庫本
参考URL:http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784061594456
(講談社BOOK倶楽部)

 

夏来るらし

6月になりました。毎日暑い日が続きます。もう夏ですね。
こんなに暑いと体がだるい気がしますが、洗濯物にとっては良い環境です。本当によく乾きます!
昨日、私は電車に乗っていて、民家に干されている洗濯物を目にしました。こういう光景を見ると、今も昔も変わらないなぁ、と思います。
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『万葉集』にこんな歌があります。

春過ぎて 夏きた るらし 白栲しろたへ の 衣 したり あま 香具山かぐやま (持統天皇)〔巻一・二八〕

訳文としては、
「春が過ぎて、夏がやって来たようです。純白の衣を干してありますよ。天の香具山に。」
といったところでしょうか。

百人一首の2番歌の持統天皇の歌は
「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天の香具山」
で、こちらの方が有名です。
実はこの二首は元は同じ歌でした。持統天皇は万葉仮名で
「春過而夏来良之白妙能衣乾有天之香来山」
と書かれ、それが収録される歌集によって少しずつ違っているそうです。

この歌は夏が到来したことを喜んでいるように読めます。勿論そうなのですが、私は「天の香具山」という文言から、「春から夏」だけでなく、季節が移り変わることを感じ、神に感謝している歌のように解釈しております。
季節の変化は日常のふとした光景から気付けるのだと、列車の車窓から実感しました。

心地よい風

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5月も下旬になり、一気に暑くなりました。そんな中でも外を歩いていて、時折吹く風を感じるのはとても心地良いものです。
風も季節によって呼び方が少し変わってきます。
春(3月末~4月):春風(しゅんぷう)
5月:薫風(くんぷう)
6月:涼風(りょうふう)
7月:松風(しょうふう)
それぞれに出典がありますが、今回は5月の「薫風」をご紹介しようと思います。この言葉の出典は「薫風自南来」です。
(右の画像の書は、鎌倉・巨福山建長寺管長・栢樹庵 吉田正道老師様の揮毫された書です。)
「薫風自南来」は「くんぷうじなんらい」とそのまま音読みする場合と、「くんぷうみなみよりきたる」と読み下す場合があります。この言葉には「殿閣微涼を生ず」という続きの語があります。
意味としては、「心地よい風(ほのかな香りのする風)が南から吹いてきて気持ちが良いなぁ。暑さの中、宮殿も心地よい涼しさに包まれた。」と字面からは読み取れます。
この言葉は昔の中国の皇帝〔唐の文宗(ぶんそう)〕が詠んだ詩が出典です。皇帝の住んでいた宮殿は南向きに建てられていましたから、南からの風を感じたのですね。実は、半年ほど前にご紹介した「南無」についてもこうした経緯から、南基点になったのではないか!?と私は考えております。
暑い日々、頭がボーっとしてしまう季節となりますが、そんな時に涼しい風を感じると本当に心地いいものです。物事に関しても、色々考えていると「煮詰まって」しまい、良い案が浮かばない時があります。そんな時、「ちょっと一息」を入れることも大切なのです。日本では昔から「三時のおやつ〔御八つ(=昔の時刻を表す言葉で、現在の午後2時~午後4時のことを指します。)〕」という習慣があります。これは「薫風自南来」に通じる習慣だと私は考えております。
宋の時代の詩人・蘇東坡(そとうば)が批判したことでこの言葉は有名になったそうです。(禅語としては、大慧禅師の大悟の語として知られています。)
実は蘇東坡という詩人は前回の「無一物中無尽蔵」にも関わりのある人物です。揮毫して下さった老師様も前回と同じく栢樹庵老師様です。弊社は京都で商いをしておりますが、鎌倉を陰ながら支える役目を仰せつかっております。(参考までにこちらをご覧ください。)
今回は季節の言葉をこれまでの記事と関連してご紹介致しました。

一生懸命生きて見えるものとは?

皆様方も近親者を亡くされたご経験をお持ちのことと思います。先年に私の祖母も鬼籍に入りました。
祖母の葬儀が終わった後、火葬場に行きました。祖母と本当に最後のお別れをした後、40分くらいで「再会」しました。
「再会」した際、私は何とも言えないあっけなさを感じました。人間はこんなにも儚いものなのか、と。
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本ブログでは「皆様の中の『佛』」や「無相の自己(formless self)」などとお話をして参りました。物理的な人間というものは非常にあっけないものなのだと思います。それは体の大きな人も体の小さな人も同じです。「人」を科学的に説明すれば、たんぱく質が……、水分が……、、、、、などと説明できるとは思います。でも、それでは「人」を説明できたとは言えないように思います。
「無一物中無尽蔵(むいちもつちゅうむじんぞう)」という言葉があります。似た言葉に「本来無一物」という言葉があります。これは、人とは「本来無一物」である、つまり、人とはもともと何もないものだ、という意味です。ただ、「何もない」のであれば、「塵も埃も積もらないではないではないか!」という批判もあります。一方で、「何もない」という境地を目指して一生懸命生きていくことは、これもまた大事なことなのです。(難しいです。。。)
「無一物中無尽蔵」とは、「何もないこと」の境地に達すればそこには大いなる世界が広がっている、というように私は解釈しています。「自らが気付いていない自分」を今を一生懸命に生きる事で見付け出せば、その先には大いなる世界が広がっているのではないか、私はそう思っています。
人間とは儚いものなのですが、今を一生懸命生きていけば大いなる世界に接することができる可能性を秘めているんですね。今を一生懸命生きる折々に、念珠がその傍らにあることが弊社の一番の喜びです。
本日は、祖母の命日が近付いていることもあり、個人的なお話をさせて頂きました。
(上と右の画像の書は、鎌倉・巨福山建長寺管長・栢樹庵 吉田正道老師様の揮毫された書です。)

念珠に表出する”もの”

5月も3分の1が過ぎました。少し更新が滞っており、申し訳ありませんでした。
ゴールデンウィークを皆さんはどのように過ごされたでしょうか?私は専ら自宅に居りました。一生懸命勉強をしていました、、、と言いたいところですが、少しアニメ鑑賞をしていました(笑)
観ていたのは『らんま1/2』というアニメです。『うる星やつら』などで有名な高橋留美子先生の作品で、ご存知の方も多いと思います。主人公の早乙女乱馬は 水を被ると女性に、お湯を被ると男性になる(元に戻る)体質です。乱馬の父は、水をかぶるとパンダに、お湯を被ると男性に(元に戻る)なります。
『らんま1/2』は、乱馬と許嫁のあかねがいろいろな敵と戦って仲を深めていくストーリーです。ドタバタ劇が面白いので大型連休にアニメを観てしまいました。最近では、新垣結衣さんが主演で実写化されましたので、そちらをご覧になった方も居られるかもしれません。
乱馬とあかねの関係は、女・乱馬と男・乱馬で当初少し違っているのですが、徐々にあかねは乱馬自身を好きになって行きます。
先日、本ブログで「念珠」の「珠」についてお話しした際に、「自らが気付いていない自分」と書きました。しかしながら、「これはどうもよく分からない。」とのご感想をいただきました。ありがとうございます。
『らんま1/2』を観ていて、女・乱馬、男・乱馬と外見が大きく異なる「乱馬その人」をあかねが好きになって行く過程が、「自らが気付いていない自分」を好きになって行く過程のように思えました。


「大きい・小さい」「長い・短い」などの視覚による情報で私たちは物事を判断してしまいがちです。そうした基準は客観的な基準ですが、人間はそんな客観的な基準だけで判断できません。どうしても感情というか、気持ちが表に出てきてしまいます。
自分自身の外見を取っ払って、「自分とは何か」を説明する。これが「自らが気付いていない自分」なのではないか、と考えています。
形や色や大きさなどの基準で説明できない自分、「無相の自己(formless self)」が長年使い続けた念珠に表出するのではないか、私はそのように考えています。

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東洋的無

著者:久松真一 
出版社:講談社
発売日: 1987/01/06
メディア: 文庫本
参考URL:http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784061587700
(講談社BOOK倶楽部)



(6月5日追記)5月9日に本記事をアップいたしました際に埋め込んでおりました動画について、適切にアップされた動画ではありませんでした。ご指摘を頂戴いたしましたので、埋め込みを削除いたしました。お詫び旁御礼を申し上げます。今後共、ご指導のほどをよろしくお願い申し上げます。

明治神宮参拝

桜の季節が過ぎ去る前に、桜の写真を何枚か載せたいと思います。
【吉田山の桜】
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【待兼山の桜】
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【六甲台の桜】
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京阪神の三都を巡ってみました。
少し時期は遅いですが、私は「名残」が好きで、時期が遅れて咲く桜に趣を感じます。
では、今の都である東京の桜をご紹介します。
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先週、私は明治神宮に参拝致しました。最近刊行が続いています『昭和天皇実録』には明治神宮が鎮座された日(正確には鎮座は11月1日。)に次のような記述があります。
大正九年十一月二日火曜日
午前八時三十分御出門、御参内になる。九時、公式鹵簿にて宮城を御出門、明治神宮鎮座祭に天皇御名代として御参拝のため、官幣大社明治神宮に行啓される。明治神宮造営局副総裁床次竹二郎の先導にて神前に進まれ、本殿階下において御拝礼になり、宮司公爵一条実輝の奉仕により、玉串を供えられる。十時神宮を御発、再び御参内になり、天皇に復命される。ついで御内儀において皇后と御談話になり、十一時ニ十分宮城御出門、御帰還になる。
『昭和天皇実録 第二』(東京書籍、2015年)640ページ
ここでは、当時の皇太子 裕仁親王殿下(後の昭和天皇)が明治神宮鎮座祭に御参拝された様子が記述されています。ちなみに、明治天皇と昭憲皇太后の御陵(お墓)は京都・伏見の桃山御陵です。
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1920年に鎮座されましたので、2020年、東京オリンピックの年が鎮座100年なんですね。今は鎮座100年に向けて本殿の改修工事がなされていました。
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明治天皇は和歌を沢山詠まれており、明治神宮ではおみくじではなく明治天皇の御製歌(大御心〔おおみごころ〕と呼ばれています。)が引けます。大正天皇は漢詩を、昭和天皇は和歌を沢山詠まれておられます。
私は和歌が好きで一首詠みました。
尋ね入る 代々木の杜に 櫻花舞ひ
大御心を 拝し祀らん
春は花――本ブログのタイトルも道元禅師の和歌から拝借しております。上の歌も道元禅師の有名な歌から一部拝借しております。和歌はなかなか良いものだと感じます。
今日は桜の写真をお届けしました。

「念珠」の「珠」について(その2)

今回も前回の続きです。念珠の「珠」について考えていきます。
前回、「珠」とは「皆様の中の佛が表出したもの」と書きました。ここで私が「佛」と書いたことに疑問を抱かれた方もおられるのではないでしょうか?
というのも、「佛」といえば「仏陀」や「お釈迦様(釈迦牟尼佛)」のことを想起される方が多いのでは、と考えるからです。
確かに、お釈迦様は悟りをひらかれて仏陀(=悟りの境地に達した者。覚者。)となられました。ですから、「佛」と聞いてお釈迦様を連想なさることは間違いではありません。ただ、「佛」とは唯一絶対のものではないのです。
以前ご紹介した禅画で有名な白隠禅師が坐禅和讃というものを残されています。全文はこちらをご覧ください。坐禅和讃は「衆生本来佛なり」から始まり、「この身即ち仏なり」で終わります。
「衆生本来佛なり」とは「みんな仏さま」と解釈すると分かりやすいです。
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そして、「この身即ち仏なり」とは、その通り「この身がそのまま仏さまなのです。」と解釈できます。
お釈迦さまは2000年以上前の方ですが、生まれた時から仏様ではありませんでした。悟りをひらかれて、多くの説法をなさいました。それがお経や仏典として遺っています。私の想像ですが、悟りをひらかれたお釈迦さまが多くの説法をなさったのは、誰でも仏となる可能性がある悟りをひらくことが可能!)と感じられたからではないでしょうか?
皆は気付いていないかもしれないけれど、実は皆の中には仏さまが居るのだよ。」――――そんな風に仰っておられるように私は感じ、想像しております。もちろん、私個人の勝手な想像ですので間違っているかもしれません(笑)
ですが、白隠禅師の坐禅和讃を読んでも、そういった意味合いが読み取れますので、あながち間違ってはいないかもしれないとも思います。


お念珠を長く使い続けて頂くと、皆様の中にある「佛」が表出する。自らが気付いていない自分をお念珠を通して気付くことができるかもしれない。これが弊社が「念珠」という言葉にこだわり続ける理由だと考えております。

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人はみな仏である――白隠禅師坐禅和讃・一転語

著者:朝比奈宗源 
出版社:春秋社
発売日: 2011/05/20
メディア: 単行本(ハードカバー)
参考URL:http://www.shunjusha.co.jp/detail/isbn/978-4-393-14421-3/
(春秋社)

 

「念珠」の「珠」について(その1)

さてさて、しばらく間が開きましたが、「念珠」について1文字ずつ考えることの続きを綴ってみたいと思います。
今日は「珠」という字についてです。「珠」という字を普段あまり使うことはないと思います。恐らく最もよく知られた単語は「真珠」ではないでしょうか?
「珠」を辞書で引くと次のように書かれています。
1.(水中で産する)丸いたま。しんじゅ。また、美しく、立派なものを形容することば。
2.真珠のように丸いもの。
『goo国語辞書』より
ふむふむ。つまりは、美しいものを指した言葉なんですね。しかし、「珠」は単に「美しい」だけではありません。
仏教の数多ある経典の中に『妙法蓮華経』というお経があります。一般には『法華経』として知られています。「南無妙法蓮華経」と毎日唱えておられる方には馴染み深いお経です。
『法華経』の中にはお釈迦様が分かりやすく喩え話をして下さっている部分があります。「7つのたとえ話」として知られているかもしれませんが、今回はそのうちの一つ「衣裏珠(えりじゅ)のたとえ」をご紹介します。
とある貧乏な男が金持ちの親友の家で酔って眠ってしまいました。金持ちの親友は、用事があって男が眠っている間に出かけなければならなくなりました。そこで彼の衣服の裏に高価で貴重な宝珠を縫い込んで出かけました。男はそれとは知らずに起き上がると、友人がいないことから、また元の貧乏な生活に戻り他国を流浪し、少しの収入で満足していました。時を経て再び親友と出会うと、親友から宝珠のことを聞かされ、はじめてそれに気づいた男は、ようやく宝珠を得ることができました。
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(上の画像の書は、京都・花園妙心寺塔頭・霊雲院住職の曇華室 則竹秀南老師様の揮毫された書です。)
このたとえ話は、無上の宝(つまり「佛」)を身に付けているにも関わらず、それを自覚せずに低い悟りで満足しているお釈迦様の弟子達への反省と感謝の込めた喩え話です。
真珠は生きた貝(アコヤガイなどが有名です。)の中に異物が入り、それが核となってあの美しい珠が出来上がります。
人も同じです。中身に実は素晴らしいものを持っています。そして、その人それぞれの経験や環境によって、その人独自の「珠」が出来上がって行くのではないでしょうか?
弊社の扱うお念珠には価格が様々あります。もちろん、高いお念珠をご購入頂くことはありがたいことなのですが、どんな価格のお念珠であっても、長く使い続けて頂きたい――これこそが弊社の最大の願いであります。
それによって、皆様それぞれの「念(=今を精一杯生きる心)」が入り、美しい「珠(=皆様の中の佛が表出したもの)」となる。これはお金では買えない、かけがえのない価値だと私は考えております。
今回は、「法華経」を手がかりに「珠」について考えてみました。「珠」については次回も取り上げてみたいと思います。

※このブログは、多くの方々に念珠、仏教、京都に関心を持って頂くことを目的として、週に1回程度の頻度で更新して参ります。

安田念珠店

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