春は花 | 念珠のこと、仏教のこと、京都のこと

安田念珠店 オフィシャルサイト

春は花

三寅参り

節分の更新をしてから2週ほどお休みしてしまいました。申し訳ございません。
実は現在、これから勝負をしようとする人のお世話をしていまして、何か力になれることはないだろうか!?と思いました。勿論、私がやるべきことはやっているつもりですが、勝負事には少し運が必要だと思いまして、「勝運」を付けに三寅参りに信貴山へ行きました。
2月は寅の月(十二支と1年が12か月ということで、毎年変わりません)で、その中でも寅の日が今年は2月5日(水)と2月17日(月)と2月29日(土)です。その日の寅の刻(午前3時~午前5時)にお参りすると寅が「月・日・刻」と3つ揃うために「三寅の福」が来ると言われます。
というわけで、2月17日(月)に三寅参りに行きました。本来は前日から参籠すべきなのですが、2月16日(日)は私が東京で用事があったために参籠はできず、帰宅後即座に車に乗って信貴山に向かいました。
25912 25913
午前3時から護摩供が始まり、護摩供の後は本堂で大般若祈祷、そして山の上に建つ空鉢護法堂へお参りして、朝食を頂いて午前6時ごろに解散、という流れでした。
25921
空鉢護法堂には本堂前の手水舎からお供えするお水を持って登ります。
25915
山道を20分ほど登りました。午前5時前ですからかなり寒いのですが、水が結構重たく感じ、汗をかいてしまいました。
25917
【空鉢護法堂】
25919
【お供えしたお水】
25916
【空鉢護法堂から奈良の街と月を臨む】
25918
山を登るとき、「ざ~んげ、ざんげ(懺悔、懺悔)」と引手の人が唱えると、他の皆で「ろっこんしょうじょう(六根清浄)」と唱えることを繰り返します。途中から多くの人が疲れてしまい、唱える声も小さくなってきましたが、皆さんで協力して空鉢護法堂まで途切れることなくお唱え続けました。
このところ信貴山へ幾度となくお参りしています。ある方に「いろんなお寺さんへ行くよりも、同じお寺さんへ何度もお参りしなさい。何度もお参りしたら仏様もあなたを覚えてくださるから、お願いをかなえて下さるかもしれないよ。仏様と馴染みになることが大切です。」と言われました。仏様も人と同じで、何度もお参りする(お目に掛かる)と何となく覚えて下さるのかもしれません。いろいろなお寺様をお参りするのも大切ですが、同じお寺様を幾度となくお参りすることで何か見えてくるものがあるのかもしれません。
私がお世話している方々も、勝ち運が付いて善き縁に恵まれることを祈っております。

節分にお参りすること

本ブログにいろいろ書いていると、「神仏のことに詳しいのね?」などと声を掛けて下さることがよくあります。詳しくはありませんので、趣味の範疇を越えません。私の書いていることは体験したこと以外は伝承などの確たる証拠のないものが殆どです。体験したことは確実に残そうとして、お寺にお参りに行った際にどういう順序でどういったお経を読誦するのかを書いております。これに関しては、一部の方から大変参考になると有難がられております。今回は伝承の類の話ですが、節分について書いてみたいと思います。
本日は2月3日です。「節分」という言葉はコンビニなどでも沢山踊っています。しかしながら、この節分という日にはどういう意味があるのでしょうか?簡潔に言えば立春(2月4日)の前日です。ちなみに、来年2021年は立春が2月3日なので節分は2月2日です。
昔の暦だと立春から1年が始まりますので、節分は大晦日に近い位置づけだったようです。ですので皆様が1月に新年会を催された場合は、それは昔の暦だと「忘年会」になってしまうのですね。なかなか面白いように思います。
節分に多くの寺社で「星まつり」が行われています。一部のお寺などでは冬至に星まつりが行われます。「星まつり」は天と地が最も近いと考えられた日に天に居る神仏へ祈りを届けるために行われた祭典が始まりのようです。それが年の変わり目である節分に行われるようになったそうです。
小難しい話はここまでにして、節分にはどういうことをすれば良いのでしょうか?よく言われるのは、氏神様にお参りしましょう、ということです。誕生日には産土神社(うぶずなじんじゃ;初宮参りをした神社と考えて頂いて結構です。)にお参りしましょうと言われますが、これと同じく節分には氏神様にお参りするのが大事だと言われます。どなたでも今住んでいる家の下には必ず土がある筈です。その土には様々な気(パワー)があり、それを司っているのが氏神様なのです。
いろいろなパワースポット巡りも良いのですが、今の住まいを護って下さっている氏神様と御自身の生まれた土地の産土神様へ感謝するのは、現在元気に生きている以上当然と言えば当然なのかもしれません。
私の場合は産土神社も氏神様も八坂神社となります。というわけでお参りに行ってきました。
EPvcrHiUEAAPqGY
神様や仏様に感謝するのは、結局はそれほど高尚なことではなくて、自分自身のルーツを見つめ直す良い機会なのだと思います。いろいろなことが毎日ありますが、気が滅入らないように魔滅(まめ)を沢山撒いて一年を魔がなくお過ごしください。

寅の日に毘沙門天様へお参り

この数年、年末になるとお寺様から頂戴する暦(こよみ)をいろいろと読んで、日の十干十二支を意識するようになりました。そんなことを意識しても何にもならないのですが、今年に入ってから日の干支をかなり意識しています。
大黒天さまの御縁日は甲子の日、毘沙門天さまの御縁日は寅の日です。大黒天さまの御縁日についてはこれまでに本ブログで取り上げたことがあります。さて、本年に入ってからの寅の日は1月12日(日)と本日1月24日(金)でした。私はこの2日、信貴山朝護孫子寺へお参りに行きました。
24298
一年の最初の寅の日を「初寅」、二回目の寅の日を「二の寅」と言います。「初寅」の大法要は寅の刻、つまり午前4時から、本日の「二の寅」の大法要は午前5時30分から厳修されました。共に前の日の夕方から用事が入っていたので、両日とも早起きして車に乗って大法要に赴きました。
24297 24296
大法要は朝護孫子寺の三塔頭の貫主様がお揃いになって執り行われます。般若心経一巻に続いて理趣経、そして毘沙門天王和讃、各御真言、そして般若心経という流れで行われます。
24292
一般の参拝の方はかなり少なく、本堂の外陣でお参りさせていただきました。朝の早い時間にお参りする経験は個人的に最近多いのですが、何だか神様や仏様と昼間より近いというか、遮るものなく祈りを聴いて下さっているように感じます。
24452 24455
本日は霧が濃かったですが、山の上から霧を見ると雲海のようでした。
24447
私はたまにしかお参りに行きませんが、僧侶の方々は寅の刻に毎日毘沙門天様にお勤めをされているのだと思うと本当に頭が下がります。毘沙門天様のお功徳を受けるためには5つのことをしなければなりません。その第一は父母の孝養です。我々の誰しも30代遡ればのべ1億人のご先祖さまがいます。その全てを孝養することはできない。だから身近な両親を大切にしましょう、というのが毘沙門天様の教えと私は感じています。
親への感謝を大事にせねばならないと感じたお参りでした。

「夢」とは儚いもので

寒い季節です。こう寒いと体調を崩してしまう方が多いようにも思います。
僧侶の方とお付き合いすることは多いのですが、その殆どは安田念珠店を通じてお知り合いになる方です。しかしながら、そうではない方も居られます。私が大学生の頃に所属していたサークルの先輩に、大学卒業後に発心して出家し禅僧となられた方が居られます。秋の合宿の際にご指導くださったことはよく覚えています。その時は「無言のご指導」でした。
数年前に「余命三か月と言われたよ。」と笑いながら告白され、私は驚愕の思いをしたことを覚えています。それからはお電話などでお話する機会もいただき「有言のご指導」を頂きました。その和尚様が先日旅立たれました。
最期の詳細については、円覚寺派管長の横田南嶺老大師様が書かれておられますのでそちら(その1その2)にお譲りします。
昨年末、新年早々法話会をなさるご案内を頂戴していました。予定が詰まっていましたが、「行っても良いかな」と思ったものの、怠惰な私は結局伺いませんでした。後悔の念をこれだけ持ったのは久方ぶりのことです。
葬儀に伺い、最後のお別れをしました。確かに悲しかったのですが、悲しみとは何か違う「儚さ」というか「名残惜しさ」というか、そういった感情を覚えました。
勿論私も今日命を終える可能性を持っているのです。だから、一日一日、一瞬一瞬を大切に一生懸命生きねばならないのだと痛感しました。
個人的な感想で恐縮ですが、今回は追悼の記事としたいと思います。

子年のはじまりに

年が明けて最初の更新となります。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
京都駅の烏丸口(JR在来線の改札口)を出てすぐのところに弊社の店舗があります。私自身はあまり詳しいことを関知していなかったのでこれまで知らなかったのです(お恥ずかしい。。。)が、通り沿いに色紙を飾ることができるスペースがあると分かりました。そういう話を聞いたので、最初は私が関心をもった戸津説法師の穴穂大僧正様の色紙を飾っておりました。そうすると私がお参りへ様々なお寺に伺った時に、知り合いになった方々から「京都駅で穴穂先生の色紙を見たよ!」とお声をかけて頂き、観音様や観音経のお話を伺うことも出来ました。
そういうわけで、定期的に色紙を変えていこうと思いました。これは完全に私の趣味の領域になってしまいますが、できるだけ分かり易く仏様の御教えを説かれた色紙を飾ることで、1人でも足を止めて下さる方がおいでになれば嬉しいと思いました。
S__29843458
今回は、臨済宗妙心寺派の現管長である玄々庵 小倉宗俊猊下の干支色紙を飾らせていただきました。ねずみの画の上に「千手千眼」と書かれています。子年の守り本尊が千手千眼観音さまであることに由来しているのが理由と思われます。子年は干支の始まりの年であり、何事にも心機一転取り組むいいきっかけとなる年です。そして、ご自身の努力が他人に評価されなくとも、実は誰か(これを仏教では観音様と云う)が見聞きしていてくれるのだ、ということを心に留めておいて欲しい――そう感じます。
24022
守り本尊のお話で思い出したのですが、弊社の本店の前には大きな阿弥陀様(誓願寺様の御本尊様)がおられます。何故だか弊社の本店に勤務してくださる方は亥年生まれが多いのです。意図したわけではないのでしょうが、やはり仏様と云うのは「御縁」の大切さを事象で示して下っているのだなぁ、と感じた次第です。
雑多なことを書きましたが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

念じることの大切さ

1年が経つのが早いですね。今回で本ブログの本年の更新は最終となります。
今年一年もお祈りすることが多かったです。ただ、昨年に比べると、何かご利益(プラスのこと)を求めるよりも、何もなく無事に過ごせることを願ってお祈りした一年だったように感じます。お陰様で私に大きな病気や怪我はなく、また弊社も大きな災いが巻き起こることはなく、何とか年を越せそうです。
20190212161811_00001
お祈りをすることはすぐに結果が出ないので、2度や3度程度で止めてしまいがちです。ですが、続けることて何か小さな「花」が開いているのではないでしょうか?
この「花」は何かは分かりません。ただ、「信頼」や「信用」といった一朝一夕に得ることのできない何かのような気もします。
まずは自分自身が今生きていることに感謝する。これが祈りの基礎だと感じた一年でした。
よいお年をお迎えください。

弘明寺観音

本年も後10日余り。「歳月人を待たず」とは正にこのことだと思います。
百観音を目指している私は上京した折に時間を見つけて坂東の札所巡りをしています。今回は横浜の弘明寺(ぐみょうじ)さんへお参りおした模様をご紹介します。
横浜市営地下鉄の弘明寺駅から商店街を抜けると弘明寺さまはあります。
【商店街から弘明寺を臨む】
23366
【仁王門】
23364
【本堂へ繋がる階段】
23361
この急な階段を登って本堂に到達します。
【本堂】
23363
当日は8が附く日でしたので、午後二時から護摩供が行なわれるとのことで極めて多くの人が参拝されておられました。
護摩と言うと一般的には不動明王さまや愛染明王さまにご供養するものだと私は認識しています。護摩壇はお不動様の口で、そこに願いを書き込んだ護摩木を投じて煩悩や穢れを払い、諸願成就を願う、というものと認識しています。観音護摩についてあまり詳しく知りませんが、観音様はいろいろな者に変身するので、不動明王さまに変身すると見たててお護摩をしておられるのでしょうか?
観音護摩はいろいろなお寺で為されているようです。薬師如来をご本尊として護摩を焚く薬師護摩もあるようです。私は僧侶ではありませんので詳しくは分かりませんが、いろいろな発見があり、今後の調査課題となるように思います。
仏教は奥が深いものがあるなぁ、と感じたお参りでした。

成道会に参列~鎌倉・円覚寺へ~

本ブログを見返すまでもなく、この1か月ほどは毎週上京しているような気がします。私自身は嘗て、そう遠くない過去に自宅に籠って勉強している時期がありました。別段身体の自由は制限されてはいませんでしたが、やはり周りの目が気になって、できるだけ自室からは出ないことが多かったように思います。その時期に思ったことは未だ記憶にしっかりと焼き付いています。「このまま死んでしまったら世間に私は知られることのないまま歴史は進んでいくのだろうなぁ。」と。おかしなことのようですが、やはり”人”というのはインプットしたものをアウトプットして行ってこそ初めて”人間”になるのだと思います。難しくはない、ただ人とおしゃべりするなどの触れ合えば良いだけです。最近毎日予定が立て込んでいると、嘗て感じたこの気持ちを忘れてしまっていました。
先週末の12月8日(日)、東京で用事があったので、その日の朝は鎌倉の円覚寺さまにお参りに行きました。当日は午前9時から日曜説教会(第二日曜日に開催)が開かれ、そして偶然にも12月8日でしたので成道会が日曜説教会の後に厳修されました。
【紅葉の綺麗な参道】
22929
日曜説教会で青松軒老師様は、「お釈迦様が悟りをひらかれたことは尊いことであるけれど、その悟りを梵天(ブラフマン)の指図によって多くの人々に説かれたこと。これこそが実に尊いことなのです。そうでなければ仏教という教えは今まで伝わってこなかったのですから。」という趣旨のことを仰いました。(メモ書き程度なので、一言一句正確とは言えません。詳細はこちらをご覧ください。)
【山門】
22927
このお話を聴いて、人と関わっていくことが何にも増して大事なのだという思いを一層強くしました。高尚な理論を理解しても、それを多くの人々に伝えられなければ、ただ単なる自己満足で終わってしまう。科学のことは学者に、お経のことは僧侶に、身体のことは医者に、と言った具合で専門家に話を伺って、それを自分の中で解釈して人に伝えていくことの大切さを感じました。何とも大きな「気付き」を得ました。
【成道会厳修された佛殿】
22928
日曜説教会の後の成道会では青松軒老師様の偈頌奉読を拝した後、楞厳咒(りょうごんしゅ)というお経をお唱えしました。(法要の様子はこちら)私は滅多にお唱えする機会がありませんが、自宅にあった経本を持って一緒にお唱えしました。円覚寺派はお経の節回しが独特のようです。参列した際に頂戴した案内文には「『山節』と称する独特の節回し」との記載がありました。長いお経ですが、所々節回しについて行けないところがありました。「門前の小僧習わぬ経を誦む」よろしく、私はどうも京叢林の節回しに慣れてしまっているようです。環境とは不思議なものです。
【門が額のようです】
22926
お釈迦様が教えを広められたこと、その尊さを感じることができたお参りでした。何だか過去の自分と対話しているような気がして気持ちの良い上京となりました。

犬鳴山七宝瀧寺へお参り

師走になりました。どうして「師走」というのでしょうか?
詳しく知らなかったのですが、とある寺院の月刊紙を読んでいましたところ以下のような記述がありました。
12月を「師走」と云いますが、一説によりますと語源は僧侶の礼拝行にあるということです。平安時代、年末になりますと各貴族の邸宅では礼拝行が営まれていたとのことです。当主に代わって僧侶が礼拝行を行い、各家の穢れを祓い、その家を浄めていました。年末になりますと各貴族の邸宅を忙しく回るので「師走」と云われるようになったそうです。
書寫山圓教寺・発行『松のひびき』307号(2019年12月号)1頁
如月や神無月など「~月」という月名の中で師走が異質だと思っていましたが、納得いたしました。知らないことが多いですが、こうやっていろいろな方に教えて頂くと一つずつ賢くなっていきます。
さて、今週は犬鳴山七宝瀧寺にお参りしました。大阪府泉佐野市にあるお寺です。関西国際空港がある都市として有名な泉佐野市ですが、犬鳴山七宝瀧寺はその名も犬鳴山の上に建つお寺です。
【大きなお不動さまがお出迎えして下さいます】
22570
【本堂】
22565
【清滝堂】
22567 22566
【清滝】
22568
水が綺麗な所へ赴くと、体がスーとする感覚になります。気持ちが良いですね。行者様方はお滝を浴びて体を浄め、山岳修行や護摩供養を行われます。こういった山の中で心と体を浄めていくのだなぁ、と感じ入りました。
近畿三十六不動尊霊場をお参りして、いろいろな御不動様にお目に掛かっています。「師走」のこの時期、心と体を浄化して、本年の残りの日々を過ごしていきたいと思いました。

甲子の日のお参り~江戸裏鬼門の大黒さん~

京都の紅葉はまだ見頃です。
【真如堂の紅葉】
22379
60日に一度廻ってくる甲子の日、今年最後の甲子の日は11月23日(土・祝)でした。60日前の9月24日(火)は比叡山にお参りしましたが、今回は東京に用事があったので、江戸の裏鬼門を護る大黒天様をお参りしました。
お参りしたお寺は東京の目黒駅から行人坂を少し下ったところにある松林山大圓寺さまです。
【大圓寺さまの山門】
22381
大圓寺さまでは甲子の日に護摩供養が為されています。甲子の日、午前10時、午後1時、午後3時の三座の護摩供養が行われます。私は午後から勉強会があったので、午前10時の初座にお参りしました。
【護摩供養が行われた本堂】
22380
初参加でしたが、導師さまの真後ろでお参りさせていただきました。護摩供養の後、導師さまのお説教を拝聴しました。「祈りには効果があるのか?」というテーマのお説教でした。自分自身の福徳を神仏に求めることが祈りの効果なのか、というと決してそうではないと思います。それならば、大黒天様をお参りしている人は全て億万長者になっているはずです。アメリカの大学で行われた科学的な実験結果を例に出され、「祈ることは、祈る人と祈られる人の双方に良い影響を与える」というお話をされました。
人々が抱える悩みを人智の次元で考えていては気が滅入ってしまいます。ですから、神や仏という人智を超えた次元で考え、精神を落ち着けていくという行為はスピリチュアル・オカルト的な要素だけでなく、科学的にも意味があることなのだと極めて深く納得しました。
観音経をきちんと読誦できるようにしなければならないというのが私の喫緊の課題ですが、雨の中でもお参りして良いお話が聞けました。

144213


祈りの言葉―――「見えない力」を味方にして、人生を変える

著者:山川紘矢=山川亜希子 
出版社:ダイヤモンド社
発売日: 2016/07/29
メディア: 単行本(ソフトカバー)
参考URL:https://www.diamond.co.jp/book/9784478100165.html
(ダイヤモンド社)

 

安田念珠店

〒604-8076 京都市中京区御幸町通三条下ル海老屋町323

TEL:075-221-3735 FAX:075-221-3730

E-mail:yasuda@yasuda-nenju.com

受付時間:平日(月~金曜日)AM9:00~17:30まで