春は花 | 念珠のこと、仏教のこと、京都のこと

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春は花

京都・日蓮宗系本山めぐり(その2)

本日も先週から始めた御首題巡りです。
弊社の前から寺町通を北上していくと多くのお寺があります。京都御所の東側まで行くと、南から廬山寺(ろさんじ)、清浄華院(しょうじょうけいん)と続き、本禅寺があります。
【廬山寺】(紫式部が『源氏物語』を執筆した処)
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【清浄華院】(浄土宗の大本山)
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【本禅寺・山門】
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本禅寺は法華宗陣門流という宗派です。「南無妙法蓮華経」と唱えることを第一として、お釈迦様を中心とした三宝尊を本尊とする宗派です。本能寺の法華宗本門流とは少し考え方が異なります。
【本堂】
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【立像堂(釈迦堂)】
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【本禅寺の御首題】
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御首題の「南無妙法蓮華経」の両脇には「受持法華名者、福不可量(法華の御名を受持せん者は福量るべからず)」と書いてあります。「法華経を持つだけでも福があるのだから、その教えを実践する人は尚のこと福が多い」と説かれています。観音経と言われるお経も法華経の中に収録されているお経です。こういった教えに接すると、法華経の一部でもお唱えしている私にも少しは福が来るのかなぁ、と感じます。

京都・日蓮宗系本山めぐり(その1)

この数か月、西国三十三所巡りをしてきました。御朱印をいただいてきましたが、日蓮宗や法華宗といった「南無妙法蓮華経」とお題目を唱える宗派では「御朱印」の他に「御首題(ごしゅだい)」という納経の証があります。
今回からは京都に在る日蓮宗系のお寺を巡りながら、日蓮宗系のお念珠のお話をして参ろうと思います。
初回の今回は、弊社の前の道である「寺町通」を北上したところに在る「本能寺」です。皆さんご存知の「本能寺の変」で有名な本能寺です。本能寺は法華宗本門流の大本山です。
【山門と日蓮上人像】
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【本堂】
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【信長公御廟】
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京都には日蓮宗系の本山が16カ寺あります。それぞれが日蓮上人の教えを引き継いでいますが、法華経の解釈について様々な相違から宗旨が分かれて現在に至っています。御首題は日蓮宗系の根本である御題目を中心に、そのお寺の考えが詰まっています。
【本能寺の御首題】
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本能寺の場合は「本門八品正意」といって、法華経の中の8つのお経を特に大事と考える解釈を採っています。それ故、上の御首題にも「本門八品 上行所傳」との言が見て取れます。
これから京都市内にある日蓮宗系の本山のご首題を頂戴して、その違いをご紹介できればと考えています。そしてその違いを探求していこうと思っています。

念珠の功徳

近畿地方に台風が襲来したと思えば、今度は北海道で地震です。皆様、ご無事でしょうか?


念珠はお祈りの道具ですが、そこにどういう意味があるのか、疑問に思うことは多いのです。インターネットで「数珠の功徳」などと調べるとお念珠を取り扱う多くのお店が同じ説明をしておられます。いろいろなページを読んではいましたが、出典が不明で、時間がある時にちょこちょこと調べていました。今回は仏様が説かれたお念珠の功徳についてお話しようと思います。
弊社も「念珠の話」と題して、ポケットサイズのリーフレットをお配りしています。その中でも一部を紹介していますが、「佛説木槵子経(ぶっせつもくげんじきょう)」というお経が『大蔵経(だいぞうきょう)』という大きな経典の中に収録されています。以下にその原文と私の現代語訳を載せます。原文は国立国会図書館デジタルコレクション掲載のこちらを出典としています。
【原文】
佛説木槵子経
時難國王名波流離來到佛所白佛言世尊我國邊小頻歳寇賊五穀勇貴疾病流行人民困苦我恒不得安臥乃至唯願世尊特垂慈愍賜我要法使我日夜易得修行未來世中遠離衆苦
佛告王言若欲滅煩悩障報障者當貫木槵子一百八以常自隨若行若坐若臥恒當至心無分散意稱佛陀遠摩僧伽名乃過一木槵子如是漸次度木槵子若十若二十若百若千乃至百千萬若態滿二十萬遍身心不亂無諸詔曲者捨命得生第三燄天衣食自然常安楽行若復能滿一百萬遍者常得斷除百八結業始名背生死流趣向泥洹永斷煩悩根獲無上果


【現代語訳】
時に難陀国の国王は波流離[毘瑠璃王]という名で、お釈迦様の所へ来てこのように言いました。「お釈迦様、私の国は辺鄙な場所にあり、小さな国です。外敵の侵入や盗賊が頻発します。そのため五穀は実らず、疾病も流行し人民が困苦しています。私はいつも安心して眠ることができません。私の願いはただ、お釈迦様からの特に慈しみと憐れみをお願いし、私に必要な仏の教えを授けて頂くことです。私は日々修行を行い、未来の世界において民衆が苦しみから遠く離れるように願っております。」
お釈迦様は毘瑠璃王にこう告げました。「もし、煩悩やこの世の障害を無くそうとしたいのであれば、木槵子を百八珠繋いで、いつもそれを当然に身に付けているべきです。歩いている時も、坐っている時も、横になっている時も、常に仏を心の底から信頼し、帰依し尊重する心を無くすことなく、仏法僧の三宝を称賛するごとに、木槵子の珠一つを繰るべきなのです。この通り、だんだんと木槵子を用いて仏の名を呼ぶ[念仏を唱える]と、それが十回、もしくは二十回、もしくは百回、もしくは千回、もしくは百千万回、もしくは二十万回充分に唱えれば、心と体が乱れることなく、諸々の迷いや苦しみはなくなります。命を落として、炎天地獄に行った場合でも、このように現世で念仏を唱えていれば、衣食や環境に困ることはありません。もし、百万回念仏を一生懸命に唱えることができたなら、百八ある悪行の報いを除き、断ち切ることができます。こうすれば、はじめは生死の流れ([訳注]仏の教え)に背き、泥水([訳注]地獄)へ向かう様子であった人も煩悩の根源を永遠に断ち切って、この上ない果実を得ることができるのです。」
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このお経は、「念珠の功徳」というよりは「念仏の功徳」を説いているように感じます。ただ、常に念珠を持って、それによって念仏を唱える気持ちを持つことが大事なのだ、ということが分かります。ここで言う念仏とは「仏の名を念じること」であって、それが「南無阿弥陀仏」でも「南無妙法蓮華経」でも「南無観世音菩薩」でも「南無薬師瑠璃光如来」でも構わないのです。
ここに登場する毘瑠璃王という国王は、お釈迦様の生まれた釈迦国を滅ぼした国王です。そうした事情を知ると、複雑な気もしますが、どんな人であっても仏を名を念じることが大事で、それを百万遍、二百万遍と行えば生きていく上でのこの上ない果実を得られるのだと教えてくださっています。
百八珠のお念珠でなくとも、皆さんが今お持ちのお念珠をいつも携えて、「仏の名を念じる」気持ちを持っていただけることが念珠を扱っている弊社としては無上の喜びです。
今回は、念珠の功徳についてお話しました。

戸津説法拝聴

9月に入りました。まだまだ暑いですね。
8月には様々な行事がありました。お盆がその代表です。天台宗では毎年8月21日から25日に掛けて琵琶湖畔の東南寺(とうなんじ)というお寺で戸津説法(とづせっぽう)という法華経を高僧が説く会が開かれています。(今年の様子はこちらをご覧ください。)
私も1日だけですが、説法を拝聴しに参りました。毎年同じ法華経を解説するわけですから、毎年同じ内容になりそうなものですが、実際にはそうではありません。説法師が毎年異なりますので、説法師を務められる高僧の方の体験に基づいた法華経の解説がなされます。
私は2014年から毎年、最低1日は説法を拝聴しにお参りしています。法華経の同じ部分の解説を聞くこともよくありますが、説法師によって捉え方や語り方がそれぞれ異なりますので、いつも新たな発見があります。
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今年の説法師は延暦寺学園の学園長でもあられる佐々木光澄大僧正様が務められました。今回私が拝聴したお話は「観普賢経」についてでした。法華経は「懺悔の経」とも呼ばれますが、その中でも「観普賢経」は「懺悔」について詳しく説かれたお経です。
「観普賢経」は、お釈迦様が「後三か月で入滅する」というところから始まります。そして「懺悔」に話は移ります。お釈迦様は一般の信者のための5つの懺悔をお話しくださいます。
一.正しく三宝(仏、法、僧)を帰依し、供養礼拝する。
二.父母、師長を孝養する。
三.社会の平安を乱さない。
四.殺生を自分がしない。そして他人にさせない。
五.因果応報を信じ、仏の道を信じ、仏は滅ぶことがないことを知る。
この5つ、守ろうと思うと大変難しいです。私はお肉やお魚を食べていますから、まず「四」は守れていません。「二」も、仮に親孝行をしていたとしても、年長者や目上の人にきちんと礼節を以て接しているだろうか、と自分自身を疑うこともあります。
こう考えると、「守れない戒めは意味がないのではないか!?」と思うのです。しかし、今回の説法を拝聴すると、佐々木大僧正様も正直にご自身も守れていない旨を吐露され、それでも「あぁ、また守れていない。いけないなぁ。」と反省(懺悔)する”その気持ち”が大切なのだ、と説かれていました。「反省の気持ちを持つことが大切」というお話を聞いて、私は仏教でよく出てくる「戒め」のお話に対して納得することができました。「絶対に守らなければならない」と思ってしまうと窮屈になってしまうので、倫理的にしてはならない行為でなければ、「また守れていない。いけないなぁ。」と反省する気持ちを毎度持って、少しでも自らの行為を改善していくことが大切なのだと解釈しました。
戒めを知り、自分自身の行動を少しでも改善する行為が人の「成長」であり、それを「観普賢経」の中で「懺悔」を通して説かれているのだと、今回の戸津説法を拝聴して、発見できました。
法華経は大部であり、自分自身でもいろいろな文献を読むことで少しずつ学んでいますが、やはり高僧のお話を聞くと、分からなかったことが晴れるような感覚を覚えて、とても良いものだと感じました。

西国霊場巡り(その7・美濃国/満願)

近畿地方は台風が過ぎ去りました。皆様、ご無事だったでしょうか?それにしても今年は地震や大雨、台風と天災が続きます。


6月から続けていました西国三十三所観音霊場巡り、先立って満願致しました。西国三十三番札所の谷汲山華厳寺にお参りした様子をご紹介します。
【仁王門】
山門(華厳寺)
【参道】
参道(華厳寺)
【本堂への階段】
本堂への階段(華厳寺)
【本堂】
本堂(華厳寺)
華厳寺は、西国三十三所の中で唯一近畿地方ではなく、岐阜県に所在します。公共交通機関で赴こうとするとなかなか大変なので、お盆休みの期間中に車に乗ってお参りしました。
本堂で御本尊さまに満願の御礼をお祈りし、御軸に御朱印を頂戴いたしました。今回は、華厳寺で西国三十三所巡礼が満願出来たこともあり、本堂の奥にある満願堂の十一面観世音菩薩さまにもお参り致しました。
【満願堂】
満願堂(華厳寺)
本年4月にふとしたきっかけで納経軸の仮巻を発見し、西国巡礼を始めた私ですが、西国巡礼をしてみると、寺院にもそれぞれ立地する土地に応じたご利益や由縁があることに気が付きました。多くの方々が1300年もの間、巡礼を続けてこられた霊場を廻ってみて、やはり多くの方々の「念」が込められたお寺や仏様は、私に素晴らしい「お力」を与えて下さるのだと感じました。この「お力」とは、科学的に何かを説明することは難しいですが、「気分がスッキリする」とか「何とも清々しいなぁ」という感覚を感じる、というものです。
【満願した納経軸】
満願軸
霊場巡りは時間や体力に余裕がないとできないことではあります。ただ、ご自身がお住まいの近くの神社仏閣を毎日お参りすることはできます。私にとってはそれが誓願寺様です。お寺の大きい小さいに関わらず、毎日お参りすれば何か目に見えない「お力」を賜れるのではないだろうか、と西国巡礼をして感じました。

千日詣りと洛陽霊場御寳印軸

盂蘭盆会が終わりました。ご先祖様方も大文字の送り火に照らされてあの世へお戻りになったことでしょう。
お盆の時期に私は清水寺にお参りしました。「千日詣り」の季節だったからです。
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この時期にお参りすると、一日で千日分の功徳があるとのことです。今年は西国巡礼と洛陽巡礼で訪れていましたが、また趣の違った清水寺に逢うことができました。
【仁王門】
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【風鈴と泰産寺三重塔】
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千手千眼観音さまと御縁を結んでいただき、弊社と有縁の方々の平安をお祈りしてきました。そして、先立って清水寺様に開眼供養をお願いしていました洛陽観音霊場御寳印軸を受け取りに伺いました。
【出来上がった御寳印軸】
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【開眼して頂いた箱書】
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御軸の一文字の部分は、弊社が誓願寺様の門前にあることに因んで西山紋でお願いいたしました。
お盆の時期に、更には千日詣りの季節に観音様を我が家にお迎え出来、仮巻を遺して泉下の客となった弊社先代も直に見てくれていたと思います。ご先祖様もきっと喜んでくれていることでしょう。
私自身、本年4月以降はとても多くの依頼や仕事が入るようになりました。観音様にお参りし、功徳を重ねていることがもしかすると関係しているのかもしれません。盂蘭盆会の時期に観音様を我が家にお迎えし、観音様と共にご先祖様をお見送りできたことは大変良かったなぁ、としみじみと感じた1週間でした。

無動寺明王堂参拝

盂蘭盆会の季節になりました。ご先祖様が皆様のお宅に帰って来られる季節です。


私は一人でいろいろな社寺をお参りすることは多くあります。お賽銭をお供えして、鐘をついて、お経と真言をお唱えする程度の最低限のことをするだけに過ぎません。一人でお参りしますから、それで良しとしてはいますが、「できればきちんと『お勤め』をしたいなぁ。」と常々思っています。
先立って私は比叡山の無動寺谷の明王堂へお参りする機会を得ました。ロープウェイか自家用車で比叡山の山頂までは行けますが、そこから無動寺谷へは徒歩でしか行くことはできません。その日も酷暑、大汗をかきながら、何とか明王堂に到着しました。
【明王堂】
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【明王堂前から琵琶湖を望む】
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明王堂はその名の通り、不動明王様をご本尊様とするお堂です。そして、生身(しょうじん)の不動明王様であらせられる大阿闍梨様がおいでになられます。
私がお参りさせていただいた際、大阿闍梨様によるお護摩に参じることができました。明王堂の中で、護摩の灯に照らされる御前立の孔雀明王様と大阿闍梨様の真っ白な浄衣の後ろ姿を拝して、不動真言をお唱えし続けました。最後に大阿闍梨様からお加持を頂戴いたしました。
【大阿闍梨様が登場されている動画】

いのり 比叡山延暦寺

お護摩を終えて、本当にありがたい気持ちになりました。そして何より、大阿闍梨様が常にお念珠を携えて下さるお姿を拝して、「何とありがたいことだろうか。」と深く感じ入りました。


これまで本ブログでもいろいろと語ってきましたし、頭では分かっていましたが、「お念珠とは実にありがたいものなのだなぁ。」と強く感じました。お念珠には値段の高低がありますが、そうした現実的な市場価値を超えて、実にありがたい、言葉では表現できない価値を有するもの、それがお念珠なのだと強く思った参拝でした。
盂蘭盆会でご先祖様を拝される際には、是非とも皆様の傍らにお念珠があることを願っております。

西国霊場巡り(その6・丹後国)

8月に入って、なお一層暑くなったように感じます。皆様、体調にはお気を付け下さい。


西国三十三所の霊場巡り、残すところ二箇寺となりました。今回は第28番札所の成相寺にお参りした際の様子をご紹介します。
先月の豪雨の影響で参道が通行止めになっていました。通行できるようになったので、お参りに赴きました。
【本堂】
本堂(成相寺)
【撞かずの鐘】
撞かずの鐘(成相寺)
成相寺の見どころとしてはやはり「撞かずの鐘」でしょう。お話としては次の通りです。
400年ほど前に成相寺で鐘を鋳造することになり寄付を集めたところ、ある長者の妻は寄付を断り、「お金の代わりに自分の子供を寄進する」と心にもないことを言ったそうです。鋳造の日に見物に集まった人の中に子供を抱えてその長者の妻は居ました。その長者の妻は誤って坩堝(るつぼ)の中に子供を落としてしまいました。出来上がった鐘は美しい音色を響かせていまし た。 しかし耳を澄ますと子供の泣き声のように聞こえたそうです。 人々はあまりの哀れさに子供の成仏を願って一切この鐘を撞くことをやめ、 それ以来「撞かずの鐘」と呼ばれるようになりました。(成相寺HPの説明から。)
このお話を読んで皆さんはどう感じられましたでしょうか?私は、人にとって「施し」というのは大切なことなのだと思いました。金銭ではなくても良いのです。「貧者の一灯」という言葉がある通り、無理のない範囲で人様や神仏への「施し」を忘れてはいけないのだなぁ、と思いました。そうした自分の「施し」がめぐりめぐって自らに対する「施し」に繋がるのではないだろうか、とも感じました。
【展望台から見た天橋立】
天橋立(成相寺)
成相山の山頂展望台から天橋立を眺めました。こうした自然の景色を眺めることで、昔の人々はそこに神や仏といった人間を超越した存在を感じたのだと、風を感じながら思いました。


残すはいよいよ第三十三番札所の華厳寺のみです。時間を見つけてお参りしたいと思っています。

西国霊場巡り(その5・大和国から紀伊国へ)

暑さが変わらず、まさに「酷暑」です。建物の外と中では温度差があり過ぎて、外出した際に体が付いていかないような感覚を覚えています。


西国霊場巡り、満願が見えてきました。今回は2カ寺のお参りの様子をご紹介します。
前回ご紹介した長谷寺から南へ行くと、南法華寺があります。通称「壷阪寺」と呼ばれます。歌舞伎や浄瑠璃では『壺阪霊験記』という演目がありますので、そちらをご存知の方も多いと思います。
【山門】
山門(壺阪寺)
【本堂】
本堂(壺阪寺)
『壺阪霊験記』は、盲目の沢市とその妻のお里の物語です。あらすじは次の通りです。沢市が目が見えるようになりますようにと、お里が毎朝、壷阪寺の観音様にお祈りに行っていました。毎朝、お里が出かけるので、沢市はお里の浮気を疑い、お里を問い詰めると3年の間、壺阪観音さまに沢市の目を治すようお祈りに行っていたと打ち明けられます。沢市はそれからお里と共に壺阪観音さまへお参りに行くようになりますが、自分が足手まといだと考えてしまい、満願の日に滝壺へ身を投げるのです。お里も後を追い身を投げます。沢市とお里の夫婦の愛を感じた観音様の霊験によって、二人は助かり、沢市の目も見えるようになった、というお話です。
このお話からも分かる通り、壺阪観音さまは「眼病治癒」の観音様として信仰を集めています。そして壷阪寺では、養護盲老人ホームが境内に設置されています。
『壺阪霊験記』の中の沢市の心情の変化、つまり、最初の嫉妬心から変化して自己嫌悪に陥り自殺するという心情の変化は人間の弱さを非常に的確に現していると感じます。
目というのは人間にとって本当に大切な器官です。目から受ける情報は膨大な量です。目の大切さだけでなく、目が見えることのありがたさなどは普段忘れてしまっているように思います。不平不満はあれども、再度、自分自身の恵まれた環境に感謝することが何より大切なことなのだと感じたお参りでした。


続いて、JRに乗って、和歌山の紀三井寺にお参りしました。。
【山門】
山門(紀三井寺)
【結縁坂】
結縁坂(紀三井寺)
【本堂】
本堂1(紀三井寺)
写真の通り、紀三井寺の本堂に至るまでの石段は231段ある急な坂で、結縁坂(けちえんざか)と呼ばれています。この石段が「結縁坂」と呼ばれるようになったのは、次のような逸話からです。紀伊國屋文左衛門がまだ若く貧しい頃に母を負ぶって紀三井寺に参拝していたところ、草鞋の鼻緒が切れました。それを挿げ替えてくれたのが後に妻となるおかよさんだったというお話です。その後、紀伊國屋文左衛門が当代随一の豪商になったのは教科書にも出てくる有名なお話です。
結縁坂の解説を読んで、一人でスタスタ西国霊場巡りをしている私は、両親を連れてお参りするのが功徳なのかもしれないなぁ、と思いました。


霊場寺院にはそれぞれに様々な逸話があり、それを知るだけでも何か心に感じるものがあります。霊場巡りだけではなく、日々お寺や神社に参詣されれば、心を洗う良い機会になると感じました。

西国霊場巡り(その4・大和国長谷寺へ)

うだるような暑さです。お加減はいかがでしょうか?


観音様を巡る旅も、西国霊場の根源地の長谷寺(はせでら)に到達しました。
まずは、長谷寺の山門をくぐります。
【山門】
山門(長谷寺)
そして登場するのが本堂まで連なる回廊です。
【回廊】
回廊(長谷寺)
そして到達した本堂「大悲閣」です。長谷寺の観音様は高さが10メートルほどある巨大な観音様です。特徴としては右手に錫杖(しゃくじょう)をお持ちであることです。錫杖はお地蔵さまが地獄に堕ちた人々を救うために導く際にお持ちになる杖です。その杖をお持ちの観音様ですから、長谷寺の観音様は今この世界に住む私たちを浄土へ導いて下さる観音様なのです。
【本堂】
本堂(長谷寺)
【本堂裏から】
本堂裏から(長谷寺)
写真や映像ではなく、ご自身の目で見て頂くと、その大きさに圧倒されます。長谷寺の観音様は錫杖と併せてお念珠をお持ちです。(詳しくはこちらをご覧ください。)長谷寺の観音さまはお地蔵様の変化(へんげ)した観音さまとも考えられるように思います。
この巨大な観音様を彫られたのは、西国霊場の草創者と言われる徳道上人(とくどうしょうにん)さまです。長谷寺の山門を出て数分歩くと、その徳道上人をご本尊とする法起院があります。
【山門】
正門(法起院)
【本堂】
本堂(法起院)
小さなお寺ではありますが、徳道上人にまつわる様々な物を見ることができました。
徳道上人さまは閻魔大王から授けられたご宝印を中山寺の石棺に収めたという話で、それを約300年後に花山法皇が掘りだしたことが西国霊場の本格化の契機となったと言われています。1300年前に中山寺から長谷寺までの道のりを歩かれたのかぁ。伝説の域を出ないお話ではありますが、今やろうと思っても大変なことですから、食料事情も治安も良くなかった時代に本当に凄まじいことをなさったのだなぁ、と思うと同時に、これほどに立派な観音様を彫られた徳道上人さまには誠に尊敬の念しかありません。1300年前から悩み苦しみを持った人々の傍らにはお念珠があったのだと、長谷寺観音さまを拝して感じた一時でした。

安田念珠店

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受付時間:平日(月~金曜日)AM9:00~17:30まで