「十代目の部屋」コラム17 ‐ 天和3年(1683年)創業の安田念珠店

安田念珠店 オフィシャルサイト

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第17回 手仕事の賦
私共の店、安田念珠店は江戸時代初期にあたる天和(てんな)三年(一六八三年)に現在の住所(京都市中京区寺町通六角角)で、初代 藤屋宗次郎が創業致しました。

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江戸時代初期の京都名所案内の書物『京雀(きょうすずめ)』と『京羽二重(きょうはぶたえ)』には、「寺町通誓願寺に数珠屋がある」と記されております。(江戸時代初期、現在の六角通は誓願寺通と呼ばれておりました。)

余談ではありますが、寛永四年(一六二七年)以降、約五十年に渡って三条寺町誓願寺前の安田十兵衛なる人物が版元となり、『曽我物語』や『往生要集』など二十以上の書物を刊行しております。若しかすると、その人物は私共の店のルーツに関係があるのかも知れません。

当時、誓願寺様は京都でも有数のお詣りが多いお寺で、多くの参詣客で溢れていたのでしょう。その参詣客を相手に念珠(数珠)を商い始めたのが、私共の店の起源であろうと思われます。爾来、同じ場所で、同じ商品を、十代に亘って製造し、商って参りました。そして、現在まで多くの宗派の御本山様に、お出入としてお世話になっております。大本山大徳寺様もその一つでございます。

さて、本題である念珠に話は移ります。既に御承知のように、念珠はその原型がインドで生まれました。そして、仏教の伝播に伴い飛鳥時代の日本に伝わりました。もともと古代インドの宗教で使われていたものが仏教に取り入れられ念珠となりました。原則として念珠は、百八個の珠を繋いだものを用い、本来「陀羅尼、真言、神呪」と呼ばれるマントラ、すなわち呪文をいくつ称えたかを数えるカウンターとして用いられていたと言われております。

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日本に伝わった念珠は、その後の日本仏教の発展とともに様々な形式が生み出されていきます。まず、平安時代初頭に傳教大師・最澄の天台宗、弘法大師・空海の真言宗が興りました。臨済宗で出頭用念珠として用いられます荘厳念珠は、天台型と真言型(振分型)に分かれます。この二つの型は、房玉が片方だけにある形が天台型、房玉が両方に分かれる形が真言型振分、のように異なります。

天台型

天台型

真言型(振分型)

真言型(振分型)

大本山大徳寺様が属される臨済宗では、宗祖・栄西禅師が比叡山延暦寺で修行されましたので、天台型の荘厳念珠が使われます。ただ、房の様式は他の天台系宗派とは異なり、切房を用います。他の天台系宗派では撚房を用います(一部の宗派では切房を用いることもあります)。

天台型の荘厳念珠

天台型の荘厳念珠

切房と申しますのは、「四つ組」という念珠製作の基本的技法で製作した房軸に撚った絹糸を束ねて取り付けて房を作り、端を鋏で切りそろえて整え完成させる房の形です。ここで使う絹糸を「紛糸(まがいと)」と呼びます。本来念珠に使う絹糸は右撚りですが、この紛糸は太目で左撚りになっております。これは、使って行く中で糸の撚りが戻ることを防止するためと、房の糸どうしが絡まないための工夫です。

大徳寺房

撚房というのは、網目のような頭の部分の下に機械で撚った絹糸を付けて作られた房(別工程で製作されたもの)を念珠の房軸に取り付けて完成させます。工程の違いもあり、切房念珠の方が撚房念珠を製作するより手間が倍以上掛かります。更に、臨済宗の中でも大徳寺派は他派の出頭用念珠とは形式が異なり、房の根本に組み込みを持たせた形式の切房に仕上げます。私共では特に「大徳寺房」と呼んでおります。

この製作では多くの本数の紛糸を束ねて四つ組みするところに難しさがあります。しかし、切房の持ち味が十分に生かされた形式であるように私は感じております。臨済宗の中には、僧階により房色が決められている派もございますが、最近では法衣に合わせて房色を決められる方もお見受け致します。

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手仕事というのは本当に奥深いものだと感じております。私は何十年もこの仕事に携わっておりますが、日々の仕事の中で未だに新しい発見がございます。先年、ある御本山の維那念珠(いのうねんじゅ)の新調を承りました。

見本としてお預かり致しました維那念珠は江戸時代に製作された念珠で、そちらを細部まで模して新調致しました。大変な作業ではありましたが、先人たちの知恵と努力に感嘆し、それを自分の力で完成させた時の喜びは一入でした。今後も、この手仕事を続けていけることに喜びを感じており、これを次代に伝承していくこともまた、私の使命だと存じております。

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維那念珠(いのうねんじゅ)

「大量生産、大量消費」の時代に私共が手仕事にこだわり続けるのは、「祈り」という人の心に寄り添う行為と共にある商品を扱っているからなのです。「手のひらから伝わる素敵なぬくもり」を胸に、今後も精進を続けて参ります。

(平成29年7月1日発行 大徳寺機関紙【紫野】第51号に寄稿した「念珠製造と大徳寺房出頭用念珠」を改題掲載)

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