「十代目の部屋」コラム9 ‐ 天和3年(1683年)創業の安田念珠店

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第9回 置き去りにされた心
以前、こんな話を聞きました。これは有名な話なので聞かれた方も多いと思います。でも心に残るとてもいい話なので、ここで紹介したいと思います。

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舞台は、フランスのパリ、シャルル ドゴール空港です。ある旅人が、今しがたパリに着いたのでしょう、入管手続きを終え、到着ロビーに大きなトランクを押しながら出てきました。国際線の到着ロビーという所は、どんな国でも出迎え客やら何やらで、人の出入の激しいところです。そんな中、先程の旅人は、人々の行き交う到着ロビーの片隅に押して来たトランクを置き、その上に腰をかけ腕組みをして座り込んでしまいました。そして目を閉じて動かなくなりました。彼は、10分、20分、30分経っても動きません。人の動きの激しい到着ロビーでは、これは目立ちます。ある空港職員が少し気になって、彼のそばに近付きました。そして言葉を掛けました。

「もしもし、どうかなさいましたか。先程から見ていますと、気分でも悪いのか、それとも体の調子が悪くて、そこに座り込んでおられるようですが、何かお役に立つことはありませんか。」

すると、彼は目を開け、この親切な空港職員を見上げ次の様に言いました。

「ご親切にありがとうございます。私はからだの調子はどこも悪くはありません。ご心配なく。」

職員は重ねて尋ねました。

「そうでしたか、それはよかった。・・・でも、何故、あなたはそこに何十分も座り込んでいるのですか。」

彼はこう答えました。

「私は先程、ニューヨークから大西洋を越えてこの空港に到着しました。本当に快適な飛行でした。ただ、私はあまりにもここに早く到着しすぎたのです。私のからだは今ここにいますが、私の心はまだ大西洋の上を飛んでいるのです。でももう暫くすれば、私の心もここへやって来ます。そうすれば、私は目的地に向かって出発しようと思います。」

この話は、今の時代の人の心の置かれている立場というものをうまく表現しているエピソードだと思います。 本来、科学技術を含む文明は、人類を貧しさや飢えから解放するために、つまり人間を幸せにするために、進歩、発展して来ました。しかしその進歩が急すぎて、人間の人間的な古い部分(心)がそれに追いついていけないと感じる人たちも出てきているわけです。つまり、物質的な豊かさや、物質的な利便性ばかりが進歩して、その対極にある精神的な豊かさが同じ様に満たされなければ、人間は真の豊かさを得たとはいえないのではと思うのです。置き去りにされた心を取り戻すのにはどうすればよいか。本当の幸せを得るためには、そのことを真剣に考えなければならないのです。二十一世紀は、人類がそれを考える世紀であるのではないでしょうか。

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